ナス科の有名なアルカロイド植物で,毒性が強い。属名はギリシア神話の運命の女神(モイラ)のひとりで運命の糸を断ち切るアトロポスAtroposにちなむ。薬草としてしばしば栽培され,オオカミナスビともいわれる。高さ1~1.5mに達する多年草で,ホオズキやナスなどと同様にふたまた状に数本の枝を出す。葉は卵状楕円形で先はとがり,長さ5~20cm,幅3~7cm,全縁。花は葉腋(ようえき)に1個ずつつき,1~5cmの花柄がある。花冠は紫褐色,長さ2.5~4cm,先端は浅く5裂する。萼筒は5中裂し,裂片は鋭くとがり,果期にも宿存する。果実は液果で径1.5~2cmの球形。熟すと黒紫色となる。アルカロイド成分であるヒヨスチアミンhyoscyamine,アトロピンatropineなどは鎮痛剤,催眠薬として利用される。原産地はヨーロッパ南西部から西アジアにかけての乾燥地帯である。
ベラドンナ属Atropaには,この他にA.acuminata Lindl.があり,カシミール地方に分布する。やはりアルカロイドを含む。
執筆者:矢原 徹一
ベラドンナはマンドラゴラと並んで,古くから〈悪魔の草〉と呼ばれ,その強い毒性が恐れられた。悪魔や魔女はことのほかこの毒草をめで,ワルプルギスの夜(魔女たちがブロッケン山に集まって魔王と宴を張ると伝えられる五月祭の前夜のこと)を除いて一年中忙しくこの手入れに励んでいるという。また魔女はこの草を使って人殺しをしたり,サバト(集会)に出かける際には,これを混ぜた膏薬(こうやく)を体に塗って空を飛んだと伝えられる。これがイタリア・ルネサンス期にはベラドンナ(イタリア語で〈美しい淑女bella donna〉の意)と呼ばれるようになったのは,ベネチアなどで女性がベラドンナの汁を点眼して目を美しく見せる化粧用に使ったからだといわれる。事実,含有される物質アトロピンには瞳孔を拡大させる作用がある。またボルジア家が栄えた時代には,毒殺に最も多く利用される草として有名だった。花言葉は〈なんじを呪う〉〈男への死の贈物〉。
執筆者:荒俣 宏
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…古代ギリシアではユリ科のバイケイソウを鬱病の治療に用いた。エジプト人はナス科のベラドンナ(アトロピンとヒヨスチアミンを含む)を睡眠薬として使い,フェニキア人は鬱病者に与えた。B.ハウゼは1918年にスコポラミンとモルヒネを併せて自白剤とした。…
…体には悪魔と通じたことを示す印がつけられており,その部分は痛覚を欠く,などなど。しかし,このような通念にもかかわらず魔女の表象は両義的であって一定せず,みにくい老婆とみなされることもあれば,〈美しい貴婦人(ベラ・ドンナ)〉と呼ばれることもある。後者のベラドンナとは,植物名としては猛毒性のナス科多年生植物を指し,少量なら鎮痛薬としての薬効がある。…
※「ベラドンナ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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