フランス革命の末期に,一種の共産主義思想を抱いて政府転覆事件を起こした革命家,思想家。古代ローマの改革者グラックス兄弟の名をとって,みずからグラックス・バブーフと名のった。北フランスの小都市で貧しい徴税役人の家に生まれ,父親から読み書きを教えられただけで正規の教育を受けなかったバブーフは,17歳ころから領主の所領管理人のもとで徒弟として働き,やがて故郷に近いロアという町でみずからも領主の土地台帳管理人として自立し,その間の経験から土地問題をはじめとする社会問題に目を開かれた。さらに啓蒙思想家たちの著作に親しみ,アラスのアカデミーと文通などをするうち,しだいに急進的な改革思想を抱くにいたり,1787年から89年にかけて自分の経験をもとに,農地の再分配による富の平等化と租税制度の改革を目ざす《永久土地台帳》を書き上げ,89年に出版した。同年に革命が勃発すると,単身パリに出て深い感銘を受け,ロアに戻ってからは,その地方の農民運動の組織化に尽力し,92年には地区の行政官になったが,職務上のミスを政敵につかれて職を追われた。
93年からパリに移った彼はエベール派と接触していたが,94年テルミドール9日の後には,〈選挙クラブ〉という結社に属して民衆運動の再興をはかるとともに,《出版自由新聞》(まもなく《護民官》と改題)を発行して反動化の風潮に抵抗し,95年に逮捕された。やがて出獄した彼は,総裁政府の反動性を厳しく批判して地下に潜伏し,96年にブオナローティ,マレシャルらとともに〈秘密総裁府〉という地下指導部を設けてパリの民衆に反政府蜂起を呼びかけた。この政府転覆の秘密計画は〈平等派の陰謀〉とも呼ばれ,1793年の憲法の復活,平等と自由の徹底,共同の幸福の実現,などをスローガンとし,秘密工作員による宣伝活動を展開して武装蜂起の準備を進めた。しかし,内部の裏切りによってこの陰謀は政府の知るところとなり,96年5月バブーフは同志とともに逮捕された。同年10月から翌年にかけての長い裁判ののち,97年5月に死刑を宣告されたバブーフは短剣で自殺をはかったが果たさず,5月27日に処刑された。
彼の思想は,平等主義を徹底させるとともに,主要な生産手段としての土地について私的所有を認めず,〈財産と労働をともにする共同体〉を実現しようとするものであり,共産主義の先駆とされるが,そこには,資本主義の進展によって没落しつつあった北フランスの貧農層の反資本主義的共同体思想が色濃く投影されている。また彼は,組織された武装蜂起によって国家権力を奪取するという革命理論を提示したが,この理論はブオナローティによって革命的独裁の理論として定式化され,後世に大きな影響を与えた。
執筆者:遅塚 忠躬
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
フランスの思想家、革命家。古代ローマの改革者の名をとってグラックス・バブーフGracchus Babeufと自ら名のった。北フランスのサン・カンタンの貧しい徴税吏の家に生まれた。父から教育を受けたのち、15歳ごろから領主の領地管理人の見習いとして働いた。領主の土地台帳を調べ領地を測量して、領主と農民の権利関係を確定する仕事に従事するなかで、土地制度が農民の苦難の原因であることを知ると同時に、ルソーなどの啓蒙(けいもう)思想家の著作を読み、社会改革の必要を痛感した。農地の再分配と租税制度の改革を訴える『永久土地台帳』の出版(1789)がその最初の表現である。
フランス革命の勃発(ぼっぱつ)(1789)とともにパリに出て、平等の実現を訴えるパンフレットを出版して政治運動に加わった。1790年から1791年にかけて、故郷に近いロアで『ピカルディー通信』誌を発行して農民の反税闘争を指導した。1793年、再度パリに出てエベール派と結んだが、1794年の「テルミドールの反動」直後、『出版自由新聞』(のちに『護民官』と改題)を刊行して民衆運動の再建に努めた。1795年2月に逮捕されたが、獄中でブオナローティなどの革命家と知り合った。同年秋に出獄後、「1793年憲法」の復活、平等と自由の実現を求めて、ブオナローティらと共同して武装蜂起(ほうき)の準備を進めたが、内部の裏切りによって発覚し、逮捕された。六十数回の審理ののち、1797年5月26日に死刑が確定し、翌27日ギロチンで処刑された。
彼の共産主義は、近代的労働者の解放思想ではなく、封建的租税制度と資本主義化の進行によって深刻な貧困と隷属に突き落とされている貧農の共同体による解放の思想というべきである。しかし徹底した平等主義と、武装蜂起と過渡的な革命的独裁によって共産主義を実現するという主張は、ブオナローティによって広められ、その後もブランキ、マルクス、レーニンなどの革命思想のなかに生き続けた。
[阪上 孝]
『柴田三千雄著『バブーフの陰謀』(1968・岩波書店)』▽『平岡昇著『平等に憑かれた人々――バブーフとその仲間たち』(岩波新書)』
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1760~97
フランス革命期の革命家。ピカルディ地方に生まれ,革命の勃発とともに故郷で政治運動に投じ,1793年からパリに出て新聞『護民官』を刊行して最急進派の一人となる。総裁政府下の96年5月に陰謀の件で逮捕され,裁判ののちに処刑。共産主義と革命独裁を掲げた点で,19世紀の革命運動に大きな影響を与えた。
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出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報
…〈演奏〉〈上演〉〈実行〉〈性能〉などの通常の意味とは別に,既存のジャンルや枠組みから外れた芸術や社会行為を指す非常に幅広い概念。〈パフォーミング・アーツ〉(舞台芸術,上演芸術)から区別された意味での〈パフォーマンス・アート〉は,1950~60年代の〈ハプニング〉や〈イベント〉の延長線上にあり,今日ではこれらを含めて〈パフォーマンス〉ないしは〈パフォーマンス・アート〉と呼ぶことが多い。ハプニングやイベントは,既成の様式やジャンルを解体する〈反芸術〉であり,1910年代のイタリアの未来派やダダの影響を受けている。…
…1960年代に,ハプニングを表現形態として活動を行った国際的な芸術家のグループ。名称はラテン語に基づき〈流体の〉〈崩壊途上の〉などの意。…
※「バブーフ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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