イギリスの理論物理学者。ニューカッスル・アポン・タイン生まれ。ロンドン大学キングス・カレッジに進学し、物理学を専攻、1950年に学士号、1951年に修士号、1954年に博士号を取得した。1955年からエジンバラ大学の上席研究員、1959年からロンドン大学ユニバーシティ・カレッジの講師に就任した。1960年からエジンバラ大学の数理物理学講師となり、1970年から同大学準教授、1980年から同大学理論物理学科教授。1996年から同大学名誉教授。
ヒッグスは当初、分子振動スペクトルを研究していたが、1956年以降、場の量子論の研究を本格化させた。1964年に物質を構成する素粒子に質量を与える新たな概念に関する論文を2本発表した。それはのちに「ヒッグス機構」として知られるもので、論文のなかで、素粒子との相互作用で質量を与える場「ヒッグス場」が存在し、そこで生ずる重たい粒子「ヒッグス粒子」の存在を予言した。同様の概念をベルギーの理論物理学者フランソワ・アングレールとロバート・ブラウトRobert Brout(1928―2011)らのグループも個別に発見し、同じ1964年に論文発表した。これらの理論のもとになったのは、アメリカのシカゴ大学名誉教授の南部陽一郎(なんぶよういちろう)(2008年ノーベル物理学賞受賞)が1961年に提唱した理論「対称性の自発的破れ」であった。
物質の最小単位である素粒子を説明するモデルとして「標準理論」がある。ビッグバンで誕生した宇宙には、さまざまな素粒子が光速並みの速さで飛び交っていた。当初は、質量もなかったが、宇宙が冷え、「対称性の自発的破れ」が生じ、やがて素粒子が質量をもつようになったと考えられる。素粒子には「物質粒子」と「力を伝える粒子」があるが、この世にある四つの力のうち、「強い力」「弱い力」「電磁力」の三つの力(残り一つは「重力」)に関係するのが、「力を伝える粒子」(ゲージ粒子)である。「標準理論」では「ゲージ粒子は質量をもたない」とされているが、現実にはゲージ粒子も質量をもつ。こうした「標準理論」の欠陥を救ったのが「ヒッグス機構」である。
ヒッグス機構の理論を補強したのが、アメリカの物理学者ワインバーグ、パキスタンの物理学者サラムが、それぞれ1967年と1968年に個別に提唱した「弱・電磁理論(ワインバーグ‐サラムの理論)」である。弱い力と電磁力をゲージ理論の観点から統一的に扱うことが可能とするもので、これが成立するには、ゲージ粒子に質量を与えるヒッグス粒子が少なくとも一つなくてはならなかった。
ヒッグス粒子をとらえるため、アメリカのフェルミ研究所のテバトロン加速器(2011年閉鎖)などを使った実験が半世紀近く、さまざまな研究機関で続けられてきた。2012年7月、スイスにあるヨーロッパ原子核研究機構(CERN(セルン))の世界最強の大型ハドロン衝突型加速器(LHC:Large Hadron Collider)を使った二つの国際共同実験グループ「ATLAS(アトラス)(A Toroidal LHC ApparatuS)」と「CMS(Compact Muon Solenoid)」が、ヒッグス粒子とみられる素粒子を相次いで発見した。LHCは全長約27キロメートルのリング状の加速器で、光速並みに加速した陽子を正面衝突させて質量125~126GeV(ギガ電子ボルト)のヒッグス粒子を発見した。
ヒッグス粒子の発見で、物質に質量を与える仕組みの一端が解明されたが、宇宙全体をみたときに、「標準理論」で説明される素粒子は宇宙全体のわずか4%程度。残りは暗黒エネルギー、暗黒物質(ダークマター)とよばれ、われわれの身の回りにある物質とは明らかに異なる物質の存在が指摘されている。
1981年ヒューズ・メダル、1984年ラザフォードメダル、1997年ポール・ディラック賞、高エネルギー・素粒子物理学賞、2004年ウルフ賞(物理学部門)、2010年J・J・サクライ賞、2013年トムソン・ロイター引用栄誉賞、同年「質量の起源の理解につながるヒッグス機構の発見」の功績でアングレールとともにノーベル物理学賞を受賞した。
[玉村 治 2021年11月17日]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
宇宙事業会社スペースワンが開発した小型ロケット。固体燃料の3段式で、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発を進めるイプシロンSよりもさらに小さい。スペースワンは契約から打ち上げまでの期間で世界最短を...
12/17 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
11/21 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新