ヒッグス(読み)ひっぐす(その他表記)Peter Ware Higgs

デジタル大辞泉 「ヒッグス」の意味・読み・例文・類語

ヒッグス(Peter Ware Higgs)

[1929~2024]英国物理学者。1964年に素粒子質量獲得モデル(ヒッグス機構)を提唱。素粒子に質量を与える役割をもつ粒子はヒッグス粒子とよばれ、長年にわたって探索が続いた。2012年にCERNLHC加速器で未知の新粒子が見つかり、翌年ヒッグス粒子であると発表された。質量の起源についての理論を独立して提唱したアングレールとともに、2013年にノーベル物理学賞受賞

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ヒッグス」の意味・わかりやすい解説

ヒッグス
ひっぐす
Peter Ware Higgs
(1929―2024)

イギリスの理論物理学者。ニューカッスル・アポン・タイン生まれ。ロンドン大学キングス・カレッジに進学し、物理学を専攻、1950年に学士号、1951年に修士号、1954年に博士号を取得した。1955年からエジンバラ大学の上席研究員、1959年からロンドン大学ユニバーシティ・カレッジの講師に就任した。1960年からエジンバラ大学の数理物理学講師となり、1970年から同大学準教授、1980年から同大学理論物理学科教授。1996年から同大学名誉教授。

 ヒッグスは当初、分子振動スペクトルを研究していたが、1956年以降、場の量子論の研究を本格化させた。1964年に物質を構成する素粒子に質量を与える新たな概念に関する論文を2本発表した。それはのちに「ヒッグス機構」として知られるもので、論文のなかで、素粒子との相互作用で質量を与える場「ヒッグス場」が存在し、そこで生ずる重たい粒子「ヒッグス粒子」の存在を予言した。同様の概念をベルギーの理論物理学者フランソワ・アングレールとロバート・ブラウトRobert Brout(1928―2011)らのグループも個別に発見し、同じ1964年に論文発表した。これらの理論のもとになったのは、アメリカのシカゴ大学名誉教授の南部陽一郎(なんぶよういちろう)(2008年ノーベル物理学賞受賞)が1961年に提唱した理論「対称性の自発的破れ」であった。

 物質の最小単位である素粒子を説明するモデルとして「標準理論」がある。ビッグバンで誕生した宇宙には、さまざまな素粒子が光速並みの速さで飛び交っていた。当初は、質量もなかったが、宇宙が冷え、「対称性の自発的破れ」が生じ、やがて素粒子が質量をもつようになったと考えられる。素粒子には「物質粒子」と「力を伝える粒子」があるが、この世にある四つの力のうち、「強い力」「弱い力」「電磁力」の三つの力(残り一つは「重力」)に関係するのが、「力を伝える粒子」(ゲージ粒子)である。「標準理論」では「ゲージ粒子は質量をもたない」とされているが、現実にはゲージ粒子も質量をもつ。こうした「標準理論」の欠陥を救ったのが「ヒッグス機構」である。

 ヒッグス機構の理論を補強したのが、アメリカの物理学者ワインバーグパキスタンの物理学者サラムが、それぞれ1967年と1968年に個別に提唱した「弱・電磁理論(ワインバーグ‐サラムの理論)」である。弱い力と電磁力をゲージ理論の観点から統一的に扱うことが可能とするもので、これが成立するには、ゲージ粒子に質量を与えるヒッグス粒子が少なくとも一つなくてはならなかった。

 ヒッグス粒子をとらえるため、アメリカのフェルミ研究所のテバトロン加速器(2011年閉鎖)などを使った実験が半世紀近く、さまざまな研究機関で続けられてきた。2012年7月、スイスにあるヨーロッパ原子核研究機構(CERN(セルン))の世界最強の大型ハドロン衝突型加速器(LHC:Large Hadron Collider)を使った二つの国際共同実験グループ「ATLAS(アトラス)(A Toroidal LHC ApparatuS)」と「CMS(Compact Muon Solenoid)」が、ヒッグス粒子とみられる素粒子を相次いで発見した。LHCは全長約27キロメートルのリング状の加速器で、光速並みに加速した陽子を正面衝突させて質量125~126GeV(ギガ電子ボルト)のヒッグス粒子を発見した。

 ヒッグス粒子の発見で、物質に質量を与える仕組みの一端が解明されたが、宇宙全体をみたときに、「標準理論」で説明される素粒子は宇宙全体のわずか4%程度。残りは暗黒エネルギー、暗黒物質(ダークマター)とよばれ、われわれの身の回りにある物質とは明らかに異なる物質の存在が指摘されている。

 1981年ヒューズ・メダル、1984年ラザフォードメダル、1997年ポール・ディラック賞、高エネルギー・素粒子物理学賞、2004年ウルフ賞(物理学部門)、2010年J・J・サクライ賞、2013年トムソン・ロイター引用栄誉賞、同年「質量の起源の理解につながるヒッグス機構の発見」の功績でアングレールとともにノーベル物理学賞を受賞した。

[玉村 治 2021年11月17日]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ヒッグス」の意味・わかりやすい解説

ヒッグス
Higgs, Peter

[生]1929.5.29. ニューカッスルアポンタイン
[没]2024.4.8. エディンバラ
ピーター・ヒッグス。イギリスの物理学者。フルネーム Peter Ware Higgs。2013年,素粒子の標準理論で最後の謎となっていたヒッグス粒子を理論的に予言した功績により,フランソア・アングレールとともにノーベル物理学賞(→ノーベル賞)を受賞した。
ロンドン大学キングズ・カレッジで,1950年学士号,1951年修士号,1954年博士号を取得した。その後,エディンバラ大学とロンドン大学の研究員を経て,1959~60年ロンドン大学の講師を務めた。1960年エディンバラ大学に移り,1980年からは同大学の理論物理学教授を務め,1996年に退職。1956年に場の量子論の研究を開始し,1964年に論文を発表,のちにヒッグス機構と呼ばれる理論を提唱した。相互作用を通じてすべての素粒子に質量を与える(ヒッグス場)の存在,そしてその場によって生ずる重い粒子,ヒッグス粒子の存在を予言した。この考えを解く鍵となったのが,南部陽一郎自発的対称性の破れの理論だった。これに前後して,アングレールとロバート・ブラウトのベルギーグループなどもヒッグス機構を予言した。2012年7月,ヨーロッパ原子核研究機関 CERNの大型ハドロン衝突型加速器 LHCで質量 125~126GeV(ギガ電子ボルト)のヒッグス粒子とみられる新粒子が発見された。1983年ロイヤル・ソサエティ会員。2004年ウォルフ賞,2010年に J.J.サクライ賞など多くの賞を受賞。(→ワインバーグ=サラムの理論

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