ワインバーグ‐サラムの理論(読み)わいんばーぐさらむのりろん(英語表記)Weinberg-Salam theory

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

ワインバーグ‐サラムの理論
わいんばーぐさらむのりろん
Weinberg-Salam theory

弱・電磁理論electro-weak theoryともよばれる。弱い相互作用電磁相互作用を統一的に記述する理論。アメリカのワインバーグが1967年に、パキスタンサラムが1968年に独立に提唱したが、この理論の発展には、アメリカのグラショーの貢献が大きく、このため、ワインバーグ‐サラム‐グラショーの理論ともよばれる。1979年にこの3人はノーベル物理学賞を受賞している。

益川敏英

自然界に存在する相互作用

遠隔力は相対性原理と矛盾するので、相対性理論では近接作用しか許されない。粒子が光速かそれに近い速度で運動している現象を扱う素粒子物理学では相対性理論の要請を満たすように理論をつくらなければならないが、電子間に働く遠隔力であるクーロン力は、電子が光子を放出しそれをもう一つの電子が吸収する過程として理解し、光子の交換力として説明する。したがって、力はより広く基本的な概念として素粒子の生成・消滅、相互転化にかかわるものとしてとらえられる。これを相互作用という。自然界に存在する基本的な相互作用としては、重力相互作用(重力)、電磁現象として知られる電磁相互作用(電磁力)、原子核のβ(ベータ)崩壊としてその一端をみせている弱い相互作用(弱い力)、そして原子核を強く結合させている力に代表される強い相互作用(強い力)の四つが知られている。

[益川敏英]

相互作用の強さの比較

陽子の広がり(10-16メートル)程度の空間で生ずる現象から四つの相互作用の強さを比較すれば、強い相互作用を1としたとき、電磁相互作用が約100分の1、弱い相互作用は10万分の1、重力相互作用は10-39程度である。その強さは極端に異なるが、実際にその性質もたいへん違う。弱い相互作用は空間の右手系と左手系の入れ換えに対する対称性が最大限に失われており、強い相互作用はハドロンとよばれる一群の素粒子にしか作用しない。電磁相互作用と重力は他の二つと違って十分遠方までその作用が到達する性質をもち、ゆえにマクロの世界でも顔を出す。しかし重力はミクロの世界での影響力は極端に弱い。電荷は正負両方存在するが重力はすべて引力のみであり、結果としてマクロの世界では重力が支配的となる。このように差異のみが目についていたのが1960年代までの認識であった。

[益川敏英]

相互作用の統一理論

電磁相互作用は、U(1)ゲージ理論としての性質が古くから知られており、朝永(ともなが)振一郎とシュウィンガーくりこみ理論により1940年代の終わりにいちおうの完成をみた。ここでU(N)はNN列のユニタリー行列のつくる群であり、そのうち行列式が1であるものからなる部分群をSU(N)と表記する。1950年代の終わりに、弱い相互作用は弱荷電流の積として表せることがわかり、弱い相互作用も、電磁相互作用が光子の媒介によるように、弱ボソンweak boson(ボソンはボース粒子ともいう)により媒介されるとする考えが生まれた。しかし、この考え方を現象と矛盾させないためには、光子が質量ゼロであるのに比して、弱ボソンの質量は陽子より十分重いと考えねばならなかった。弱い相互作用も電磁相互作用と同じくゲージ理論とするとSU(2)ゲージ理論となるが、ゲージ理論による媒介子は質量がゼロなので、この考え方には大きな困難があった。その後、対称性の自発的破れの現象が発見され、これをゲージ理論に適用すると、媒介子に質量をもたせることができる(ヒッグス機構)ことがわかり、ワインバーグとサラムが相次いで、この機構を使えば、電磁相互作用と弱い相互作用は、SU(2)⊗U(1)ゲージ理論として統一的に記述できることを示した。

 1971年にトフーフトG.'t Hooft(1946― )がこの理論がくりこみ可能であることを示し、1970年代なかばにこの理論のいくつかの特徴が実験的に検証され確立した。この理論に従えば、荷電レプトンと中性微子(ニュートリノ)、そして電荷2/3と-1/3のクォークSU(2)⊗U(1)群の二重項をつくっている。弱ボソンには電荷をもったWと、もたないZがあり、それぞれ質量は陽子の83倍と95倍と理論的に予言されていたが、期待どおりの質量をもって1983年、ヨーロッパ連合原子核研究機関(CERN=European Organization for Nuclear Research)のUA1のチームにより、それらは発見された。

 その後、強い相互作用もSU(3)ゲージ理論(量子色力学、QCD)で記述できることがほぼ確かとなり、この三つの相互作用を統一した理論GUT(grand unified theory)もいくつかの興味ある結果を与えており注目されている。この理論においては、一つのゲージ理論から出発し、三つの相互作用の個性の異なりを自然的破れの生ずるエネルギースケールと破れの生じ方として理解する。内山龍雄(りょうゆう)は1956年に、アインシュタインの重力理論(一般相対性理論)も一種のゲージ理論であることを示した。四つの相互作用はすべてゲージ理論であり、アインシュタインが夢みたようにすべての力を統一した理論の構築も夢でないかもしれない。

[益川敏英]

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改訂新版 世界大百科事典 の解説

ワインバーグ=サラムの理論 (ワインバーグサラムのりろん)

電磁相互作用と中性カレントを含む弱い相互作用との統一理論。アメリカのワインバーグSteven Weinberg(1933- )とパキスタンのサラムAbdus Salam(1926-96)によって独立に提案(ワインバーグは1967年,サラム68年)されたものであるが,その後,アメリカのグラショーSheldon Lee Glashow(1932- )による貢献が大きく,ワインバーグ=サラム=グラショーの理論とも呼ばれる(この3人は1979年ノーベル物理学賞を受賞)。三つの結合定数(相互作用の強さを表すパラメーター)を二つにまでしか減らしていない点で不完全な統一理論といえるが,弱い相互作用もやはりゲージ理論であり,しかもくりこみ可能であることを示したのがこの理論の非常に重要な特質である。この理論を可能にした重要なものとしてヒッグス機構Higgs mechanismとGIM機構(GIMはGlashow,Iliopoulos,Maianiの頭文字をとったもの)がある。前者はゲージ粒子が質量をもちうる機構を明らかにしたもので,後者のGIM機構はフレーバーをかえるような中性カレントの出現を妨げ,またクォークとレプトンの協力関係がくりこみ可能性をこわすような不定項の出現を防いでいる。このいわば人為的な消合いはより高い対称性を示唆するものとうけとられる。中性カレントの発見(1973)およびワインバーグ角の一意性などで理論の正しさが証拠づけられるが,1983年のCERN(セルン)におけるZ0,W±のゲージ粒子発見が直接的にこの理論の正当性を示していると思われる。
相互作用
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 の解説

ワインバーグ=サラムの理論
ワインバーグ=サラムのりろん
Weinberg-Salam theory

1967年にスティーブン・ワインバーグが,1968年にアブドゥス・サラムが個別に提案した電磁相互作用弱い相互作用の統一理論。2種類の荷電ベクトル中間子 W+,W-と 2種類の中性ベクトル中間子をゲージボソンとして導入することにより,二つの相互作用を統一的に記述するくりこみ可能な(非可換)ゲージ場の場の量子論。中性中間子は一定の割合で混合して非常に重い中間子 Zと電磁相互作用を媒介するゼロ質量の光子となり,Z中間子は荷電中間子 W+,W-とともに弱い相互作用を媒介するとみなされる。光子以外の 3種のゲージボソンはヒッグス機構により質量を獲得する。W中間子の質量は 3.8×104/sinθWMeV(メガ電子ボルト),Z中間子の質量は 7.6×104/sin2θWMeVと予言された。ただし,θWは中性中間子の混合比を表す量で,ワインバーグ角と呼ばれる。高エネルギーのニュートリノ実験の分析によれば sin2θW=0.2315±0.0005である。1983年ヨーロッパ原子核研究機関 CERNで W+,W-および Z0が理論の予言どおりの質量で発見された。

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世界大百科事典(旧版)内のワインバーグ‐サラムの理論の言及

【素粒子】より

…この力は非常に短距離で作用し,また陽子を中性子にかえる働きをする。電磁気力と弱い力とは一見まったく異なった力のように見えるが,実は両方の力の源は同じであるという統一理論がS.ワインバーグとA.サラムによって提唱(ワインバーグ=サラムの理論)され,実験による検証も得られて大きな成功を収めた。最後の力は〈強い力〉(強い相互作用)と呼ばれるもので,π中間子が陽子と中性子,あるいは陽子と陽子の間に交換されて生ずる核力がこれである。…

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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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