経済に制度的に組み込まれていて、景気の変動とともに自動的に経済の安定を図るように作用する機能をいう。自動安定装置と訳されることもある。このような制度としては、不況期には経済の有効需要が不足しているから自動的に有効需要の拡大をもたらし、逆に経済が過熱状態にあるようなときには有効需要の削減をもたらすようなものが望ましい。
わが国経済においても、租税制度や社会保障制度などのなかに典型的なビルトイン・スタビライザーの機能をみることができる。租税制度では、個人所得税は累進税率構造をとっており、不況期には課税所得が減少することに加えて、適用される税率自体も低い水準に移行する可能性をもつ。好況期には逆の方向に働く。法人所得税は個人所得税と異なり基本的には比例税制度であるが、課税標準である法人所得は景気の動きに対してきわめて敏感に反応して変動する。これらによって、不況期には大幅な税収額の減少を通して民間の可処分所得を高め、したがって有効需要の重要な構成要素である消費を拡大し、好況期には逆に税収額は増大し、民間の購買力を抑制する。社会保障制度では、とくに雇用保険にその機能が顕著にみられるが、不況期には給付金の支払いを通して民間の購買力を高め、好況期には保険金の徴収という形で民間の有効需要を吸い上げる。
このようなビルトイン・スタビライザーの機能が注目されるようになったのは1940年代末ごろからである。1930年代の長期不況のなかで、資本主義経済の自動的完全雇用回復能力に疑問が投げかけられ、政策的に経済を管理する必要が認識されたが、裁量的財政政策にはタイム・ラグという欠陥が伴い、ときにはかえって景気変動を悪化させるおそれのあることが指摘されていた。
第二次世界大戦後、財政規模の拡大とその構造変化がみられたアメリカにおいて、タイム・ラグを大幅に短縮することが可能なビルトイン・スタビライザーの機能が論じられ始め、ついでイギリス、旧西ドイツ、日本などでも注目されるようになった。その後、ビルトイン・スタビライザーの機能はいっそう重要性を増してきている。しかし、ビルトイン・スタビライザーの固有の短所として、有効需要の不足や過剰を完全に補整することはできないということがあげられる。とくに、深刻な不況の克服には効果が不十分であるとともに、不況からの回復期においては、その回復の足を引っ張る効果を自動的に発揮する。したがって、これだけに頼る経済安定政策には大きな限界があるといえる。
[林 正寿]
ビルトイン・スタビライザーとは,直訳すれば組み込まれた自動安定化装置ということであり,経済に制度的に組み込まれた要因によって経済全体が安定化されることを意味している。まれに自動安定装置と訳される。たとえば景気の先行きが悲観的で民間投資が落ち込んだ場合,国民所得は減少するが,税収入(所得税,法人税など)もそれが所得(企業の所得も含めて)に依存するため自動的に減って,消費の減少をさほど大きくしないというビルトイン・スタビライザーが働き,国民所得の減少の程度が少なくてすむ。また逆に景気が上向き,民間投資も活発になると,国民所得は増加し,所得税,法人税は増え,消費の増加と民間投資の急激な上昇は抑えられるというビルトイン・スタビライザーが作用し,国民所得の増加の程度が弱められる。同じような役割は公共支出によっても果たされる。たとえば失業者が増加すれば,失業保険の給付額は増加するので,景気が下降し,失業が増加する場合には,自動的に可処分所得を高め,消費支出の減少が食い止められるという作用が働く。
執筆者:吉野 直行
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…安定化政策を広くとるときには,政府がその裁量にもとづいてとる政策(たとえば減税とか公定歩合操作)と経済システムに組み込まれている安定化要因を活用することをも含んでいる。後者はビルトイン・スタビライザーと呼ばれている。70年代以降,安定化政策に対して,それが微調整(ファイン・チューニング)として行われることは,政策のおくれなどからかえって経済を不安定化させるとの見方が出され,裁量的政策に対する批判が強まっている。…
…財政の第3の機能は経済の安定・成長を達成し維持するよう調整するということである。これはフィスカル・ポリシーの理論の説くとおりであるが,加えて財政収支それ自体が経済変動を自動的に安定化するというビルトイン・スタビライザー(景気の自動安定化装置)が新概念として学界に認められた。財政の長期的側面では,1950年代後半にあらわれた新古典派成長理論は,資本と労働の代替を技術的に認めることにより,資本の完全利用と労働の完全雇用が保証されるとしたため,財政の強力な役割は想定されていない。…
…これを自然増収と呼び,制度改正に伴う税収の増加と区別している。これは実質的な経済成長だけでなくインフレーションによっても生じるわけであり,この面からは経済の自動的安定化(ビルトイン・スタビライザー)の効果があるとされている。自然増収による税収の増加率を名目国民総生産の増加率(名目経済成長率)で割ったものは,税収のGNP弾性値と呼ばれている。…
…また所得税や法人税のように税収の所得弾力性が高い租税で構成される現代の税制は,景気変動の変動幅を自然に小さくするような自動的安定化効果をもつようになった。これに注目し,自動安定装置(ビルトイン・スタビライザー)としての税制を経済安定化のための手段として利用することもまれではなくなった。また短期的な景気対策とは別に,長期的な経済成長のための租税政策も,先進諸国で広く採用されるようになった。…
※「ビルトインスタビライザー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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