環状テルペン系炭化水素の代表的なもので、α(アルファ)-ピネンとβ(ベータ)-ピネンとがある。ピネンのα-体とβ-体の違いは二重結合の位置であって、α-体は1、6位、β-体は1、7位に二重結合がある。ピネンは多くの精油に含有されており、とくに松柏(しょうはく)科の精油であるテレビン油の主成分である。これを分留するとα-ピネンおよびβ-ピネンがともに得られるが、α-ピネンはβ-ピネンより圧倒的に多く得られる。しかし、テルペン系香料の合成原料としての価値は低かったので、多年にわたりα-ピネンをβ-ピネンに異性化させる努力がなされ、Glidden社(1965。現、Glidco社)、Farbwerke Hoechst社(1966)、L. Givaudane社(1967)によって異性化の技術が確立した。
α-ピネンおよびβ-ピネンにはそれぞれ光学異性体であるd-体とl-体が存在する。α-ピネンは塗料および樹脂に多量に使用され、合成樟脳(しょうのう)、テルピネオール、ペリラルデヒドの合成原料として用いられる。また、α-ピネンをβ-ピネンに異性化する技術が確立されたので、β-ピネンを経てゲラニオール、ネロール、リナロール、シトロネロール、シトラール、シトロネラールが生産されるようになった。β-ピネンは各種テルペン系合成香料の出発原料として重要である。
[佐藤菊正]
C10H16(136.24).二環性モノテルペン.天然にもっとも多く存在するテルペン系炭化水素の一つ.ほとんどの精油中に含まれている.テレビン油(58~65% のα-ピネンと30% のβ-ピネンを含む)から容易に得られる.北アメリカ産油のなかには(+)-α-ピネンが,ヨーロッパ産油のほとんどには(-)-α-ピネンが含まれる.【Ⅰ】α-ピネン:2,6,6-trimethylbicyclo[3.1.1]hepta-2-ene.(+)-α-ピネン;融点-57 ℃,沸点156 ℃.+52.4°.0.859.1.466.有機溶媒に易溶,水に不溶.針葉樹様の香気をもつ.光学活性化合物の合成原料に用いられる.LD50 3700 mg/kg(ラット,経口).【Ⅱ】β-ピネン:6,6-dimethyl-2-methylene bicyclo[3.1.1]heptane.(+)-β-ピネン;沸点162~163 ℃.+22.4°.0.865.1.474.水素で飽和した白金黒で処理すると,β-ピネンは不可逆的にα-ピネンに異性化する.加熱異性化によりβ-ミルセンが得られるので,種々の香料に導かれる.また,単独あるいは共重合により,テルペン系樹脂が得られる.[CAS 7785-76-4:(-)-α-ピネン][CAS 18172-67-3:(-)-β-ピネン]
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
植物の精油中に広く存在し,とくにテレビン油の主成分をなす,パイン様の特有の香気をもつ無色の流動性のある液体。α-ピネンとβ-ピネンの異性体があり,天然には混合物として存在するが,一般にα-ピネンの含有量が多い(約60%)。またα-ピネンには右旋性(=+52°)と左旋性(=-51°)の光学異性体があり,アメリカ産ピネンは右旋性,ヨーロッパ産は左旋性である。比重0.86,沸点155~156℃。水に不溶,アルコール,油に可溶であり,ほとんどの香料と混和する。β-ピネンはノピネンnopineneとも呼ばれ,比重0.87,沸点164~166℃。水に不溶,アルコール,油に可溶。α-ピネン,β-ピネンとも酸によりカンフェンcampheneへ異性化し,酸化してショウノウ(カンファー)を得る。β-ピネンはまた塗料用・樹脂用溶剤,セッケン用香料として用いられる。近年ピネン化学と呼ばれる新しい香料工業の分野が開かれ,リナロール,ゲラニオール,シトラール,l-メントールなどのテルペン系合成香料がピネンから大規模に合成,生産されるようになった。
執筆者:内田 安三
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