スペインの詩人、劇作家。6月5日、グラナダ県の小村フェンテ・バケーロスの裕福な農家に生まれ、この村で幼少年期の大半を過ごし、11歳のとき家族とともにグラナダ市に移る。中高等教育(バチリエラート)修了後、地元の大学で文学、法律を学びながら青年期を送り、1919年マドリードに出てから28年まで、おもに「学生の家」で勉学の青春時代を過ごす。この間、エドワルド・マルキーナ、ルイス・ブニュエル、サルバドール・ダリら、優れた芸術家仲間との交友関係をもった。29年なかばから気分転換のためにアメリカを訪れ、キューバを経て翌年秋に帰郷後、学生劇団「ラ・バラッカ」を結成、文筆活動のかたわら、各地を巡り演劇の地方公演に情熱を注いだ。詩作、劇作のみならず、演出も手がけ、講演旅行にも出かけ、音楽、絵画にも才能をうかがわせる多才な人物であった。36年8月19日、グラナダ市郊外ビスナール村でファランヘ党員に銃殺され、内戦初期犠牲者として38歳の生涯を終えた。
郷土アンダルシアの追憶を主題にした処女詩集『詩の本』(1921)は詩人ロルカの資質を予見させる作品。自ら「最良の本」とよんだ代表的詩集は『ジプシー歌集』(1928)で、アンダルシア民衆の慣用的隠喩(いんゆ)を使ってスペインの伝統的な詩型のなかにアンダルシアを歌い込めた。ほかに、同地方の民俗音楽の魂を再生した『カンテ・ホンドの歌』(1931)、アメリカ旅行中に見聞した情景を歌った『ニューヨークの詩人』(メキシコで1940年死後出版)など。劇作では『すばらしい靴屋の奥さん』(1930)、『ドン・ペルリンプリンがお庭でベリーサを愛するお話』(1931)など。いずれも若い女と老人の夫という人物設定で、楽しさのなかにも詩的感動を内包した軽い小品。また、史実による愛と自由のために死ぬ女主人公の『マリアナ・ピネーダ』(1927)、裏切った婚約者を待ち続ける老婦人に託して、スペイン社会の偽善と気どりを描く『ドーニャ・ロシータ、もしくは花の言葉』(1935)などの詩劇がある。しかし、代表的戯曲としては、農村を舞台に女たちのさまざまな本能の愛が引き起こすドラマで、三大民衆悲劇とよばれる『血の婚礼』(1933)、『イエルマ』(1934)、『ベルナルダ・アルバの家』(1936年脱稿、45年アルゼンチンで初演)の3作品がある。
[菅 愛子]
『I・ギブソン著、内田吉彦訳『ロルカ・スペインの死』(1973・晶文社)』▽『荒井正道・長南実・鼓直・桑名一博他編『ガルシーア・ロルカ 1917―1936』全3巻(1973~75・牧神社)』▽『小海永二著『ガルシーア・ロルカ評伝』(1981・読売新聞社)』▽『I・ギブソン著、内田吉彦・本田誠二訳『ロルカ』(1997・中央公論社)』▽『川成洋・坂東省次・本田誠二編『ガルシア・ロルカの世界――ガルシア・ロルカ生誕100年記念』(1998・行路社)』
スペインのいわゆる〈1927年世代〉に属する詩人,劇作家。グラナダに生まれ,マドリードの学生館で過ごす。処女詩集《詩の本》(1921)で詩人としての地位を確立。その後アンダルシアの伝承詩に傾倒した彼は,民俗的なモティーフに独自のメタファーをちりばめることにより《ジプシー歌集》(1928)や《カンテ・ホンドの歌》(1931)を発表したが,これらは言葉とリズムによってジプシーの真の魂を捕らえたものとして世界的な名声を博した。1931年に第二共和政が成立すると,学生劇団〈バラーカ〉を組織して農村を巡演し,古典劇の普及につとめた。また,この頃から劇作に専念し,20世紀の演劇史に名をとどめる傑作を次々に発表したが,特筆すべきは農村を舞台に人間の本能の葛藤を扱った三大悲劇で,不幸な恋を描いた《血の婚礼》(1933),石女(うまずめ)の悲劇をテーマとした《イェルマ》(1934),そして独裁的な母親により,体面のために本能を抑圧された女たちを描いた《ベルナルダ・アルバの家》(1936)がそれである。彼の戯曲の特徴はその音楽性と造形美術的要素,つまり広い意味での詩的性格にあり,それゆえ,あくまでスペインの土俗的テーマを扱いながらもそれが普遍性を獲得し,世界的評価につながっていると考えられよう。1936年内戦勃発の直後,フランコ側によって射殺され,短い生涯を終えた。
執筆者:牛島 信明
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1898~1936
スペインの詩人,劇作家。アンダルシア,ロマ,人間の自由と尊厳,権威との葛藤などをテーマに『ジプシー歌集』『血の婚礼』『イェルマ』など一連の作品を発表した。スペイン内戦の勃発直後,反乱軍側によってグラナダで殺害された。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
…1873年にはスペイン南部の連邦主義運動の一拠点となった。内戦の際には,反乱軍によって共和国派の人々への激しい弾圧が行われ,グラナダの詩人ガルシア・ロルカはナショナリストに暗殺された。今日のグラナダは観光のメッカで,春のグラナダ国際音楽祭が毎年の観光シーズンの幕開けを告げる。…
…バリェ・インクランは実験的・野心的な作品を書いたが,当時の観客には十分に理解されることもなく,埋もれてしまった。〈黄金世紀〉の国民演劇を意識しながら,詩人の感性をもってスペインを描き出したのが,ガルシア・ロルカやR.アルベルティである。彼らは演劇に詩的言語を復活させた。…
…これらは一様にスペイン文化を評価し,さらに共和国陣営からの見聞であった。詩人ガルシア・ロルカの暗殺に関するセンセーショナルな話題の流布,ピカソの《ゲルニカ》をめぐる神話の創造などもこれにあたる。(5)諸外国の援助が戦いを長期化させた。…
…1927年,〈黄金世紀〉の詩人ゴンゴラの300年忌に合わせてグループを結成した一群の詩人を〈27年世代〉と呼ぶ。これは〈20世紀前半のヨーロッパ抒情詩が生んだ,おそらく最も貴重な宝〉(フーゴ・フリードリヒ)といわれるグループで,《ジプシー歌集》,そして《血の婚礼》をはじめとする三大悲劇により,詩人・劇作家として世界的名声をはせているF.ガルシア・ロルカ,V.アレイクサンドレ,純粋詩のJ.ギリェンらがその中核をなしている。
【戦後文学】
国内を二分した内戦後のフランコ独裁体制は優れた作家を国外に追いやり,多くの才能を圧迫したため,戦後しばらくは文学的不毛の時が続いたが,小説ではC.J.セラの《パスクアル・ドゥアルテの家族》やラフォレCarmen Laforet(1921‐ )の《無》,詩ではD.アロンソの《怒りの息子》,そして演劇ではA.ブエロ・バリェホの《ある階段の物語》によって戦後文学が曙を迎えた。…
※「ガルシアロルカ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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