元来は陸水学の用語。長い年月の間に貧栄養湖oligotrophic lakeが富栄養湖eutrophic lakeに移り変わっていく現象をいう。現在はより広義に,水域の種類にかかわりなく,水中の栄養塩濃度が増加し,水域の植物の生産活動が高くなっていく現象,いいかえると,貧栄養的水域が富栄養的になっていく現象を指す。貧栄養,富栄養ということばは,語源的には,湿原において植物の生産を支える栄養塩が乏しい,あるいは豊富なことをそれぞれ意味している。このことばは,後に湖沼の肥沃度をいい表すのに用いられ,栄養塩濃度が低く植物プランクトン量の少ない深い湖を貧栄養湖,栄養塩が豊富で生物生産の活発な浅い湖を富栄養湖と大別した。北ヨーロッパや北アメリカの多くの湖で見られるように,氷河作用などで形成された湖は,その初期は貧栄養的で,湖水は透明で深く,水中では動植物の量が少ない。水温に上下の成層が見られる夏季でも,深層水は十分に酸素を含んでいる。
しかし自然の下では,湖はその状態をいつまで保ちつづけることができない。まず,生物遺骸と流入土砂が湖底へ堆積していくために,湖はしだいに浅くなっていく。また流入栄養塩の増加により,湖水の栄養塩濃度が高まり,植物の生産活動が活発化していく。動物の量も多くなり,生物活動による水質変化も大きくなる。生物が生産した有機物の分解に伴う酸素消費が増加するために,深水層では溶存酸素が著しく減少し,無酸素状態となることもある。このため,底泥中の底生動物では,貧栄養湖において優占しているタニタルサスの類にかわって,低酸素条件に強いオオユスリカやアカムシユスリカの類が優占するようになる。魚類では貧栄養湖に多いサケ・マスの類は消失し,コイ,フナ,ワカサギなど汚水に強い種類に置きかわる。このような貧栄養湖から富栄養湖に向けての湖の経時変化が,陸水学でいう富栄養化である。自然条件の下では,富栄養化の進む速さはきわめておそく,数百年から数千年かかるのが普通である。富栄養湖は,堆積が進むことによりさらに浅くなり,水草が湖心まで繁茂する沼,沼沢を経て,全面に抽水植物が繁茂する湿原となる。貧栄養湖から湿原に至る上述のような湖の変遷を湖の遷移という。生物が年をとっていく経過になぞらえて〈エージングaging〉ということもある。したがって,富栄養化は湖の遷移における初期段階の変化として位置づけることができよう。
近年,湖をとりまく陸地における都市化の進行,工業・農業生産活動の拡大と近代化,各種開発の進行により,栄養塩を含む廃水の流入が増大し,それを受ける湖沼では富栄養化が著しく促進するようになっている。とくに大都市や大規模な産業地を集水域に控えた盆地や平野部の浅い湖では,富栄養化の進行が著しく,水温が高く日射量の多い夏季には,ラン藻による水の華の大発生を招き,全湖面が緑青色となる。湖岸に打ちよせられた藻は腐敗して異臭を発し,羽化したユスリカの成虫は湖岸の民家に押し寄せ,住民に不快感を与える。湖を水道水源に利用している所では,植物プランクトンの増加は,浄水場のろ過池の目詰りを引き起こし,また供給される上水に異臭味を与える。このような湖沼の変化は,変化の起こる速さが著しく異なるものの,その因果関係は自然の下で起こる富栄養化と共通の現象である。ただ原因が人間活動であることから,人為的富栄養化という。なお,自然の下で起こる富栄養化は,これと区別するために,とくに自然的富栄養化ということがある。現在では,水域変化の原因と過程において,湖沼の人為的富栄養化とほぼ共通の現象が,人工湖や内湾など各種の水域で見られるようになっている。この理由から,今日では水域の種類を問わず,水域への栄養塩の供給増加により,植物の生産活動が活発化して起こる水域生態系の全般的変化を富栄養化と呼ぶようになった。
富栄養化によりもたらされる水質や水生生物の変化は,水域を利用する人間に不利益をもたらすことが多い。とくに植物プランクトンの増殖は有機汚濁度の指標としてのCOD値(化学的酸素要求量)を高め,またその分解で水中の溶存酸素の低下を招くので,水質の有機汚濁化の一つとみなされることもある。
富栄養化の進行にあずかる栄養塩のうち最も重要なものは,窒素とリンである。水中植物が生きていくためには,各種の元素を必要とするが,自然水中には植物の要求に比べて,とくに窒素とリンの量が少なく,植物の生産活動を大きく制限している。このため,水中でこの2元素の量が増えると,植物の生産活動が促進される結果となる。人間を含め生物の排出物中には,窒素,リンを多量に含んでいるので,当然これら排水の水域への供給は,水中植物の生産活動を高め,富栄養化をもたらすことになる。このほかには,洗剤中のリン,工場からの排水中の窒素とリン,農地からの流出肥料なども富栄養化促進因子として重要である。しかし,これらの源からの窒素,リンの供給比重は,集水域における土地利用形態などで,地域によりかなり異なる。また,同じ量が流入しても,水域の大きさや形,水域の水の入れかわり度により,富栄養化の促進度は異なる。こういった理由から,富栄養化を防止するためには,集水域における各源からの窒素,リンの排出状態をしらべ,その水域への流入と水域の特性とを考慮に入れたうえで,対策をたてることが必要である。
→湖沼
執筆者:坂本 充
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
海水や陸水中にリン、窒素などの栄養塩類が豊富になり、これをもとにして植物プランクトンや海藻・水草が繁殖し、動物プランクトンや魚貝類が豊かになる現象。水域の生産向上という見方では好ましい現象である。しかし、栄養塩類の負荷が過剰になると、有機物生産が過剰になって水中や底にたまり、有機物の分解に伴って水中の溶存酸素が減少し、その結果、水質や底質が貧酸素や無酸素になり、生物相が単調となって悪質な赤潮が発生するようになる。さらに進行すると、細菌と原生動物だけが活動する腐水状態になる。生活排水や産業排水が流入し、しかも水が停滞しやすい水域では栄養塩類が過剰になりやすく、東京湾、伊勢(いせ)湾、大阪湾、手賀沼、印旛(いんば)沼などで問題になっている。
[佐野 昭・高橋正征]
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一般に,海,湖沼などの水域において,窒素,リンなどの栄養塩類が増加する現象をいう.海域でこの現象が起こると赤潮の発生の原因になり,湖沼では植物プランクトンやアオコなどの藻類が異常に増殖し,その結果として,低層水中が嫌気性となり,魚貝類の斃(へい)死,さらに,N2,H2S,メタンなどの発生による上水の着臭などの被害が起こる.また,このような水を水道水源とした場合,浄水処理工程でのトリハロメタンの発生量が増加することにもなり,水質汚濁とともに問題となっている.こうした富栄養化の多くは,生活排水,工場排水,農業排水などの人為的なものが主要因となって進行する.化石燃料の燃焼,ごみ焼却によって大気中に放出された窒素化合物の一部が,雨水によって地表の水域に戻されることも,主要負荷源の一つとして注目されている.排水処理の三次処理を完全に実施し,水域の富栄養化防止を実現することが望まれている.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
(杉本裕明 朝日新聞記者 / 2007年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
…たとえば大村湾などで苦潮と呼ばれているのは,海の表層ではプランクトンの大増殖が視覚的には認められないにもかかわらず,底魚類などの斃死(へいし)や逃避現象を招くような極度の低酸素ないしは無酸素の水塊であり,三重県の真珠養殖場では,赤潮が出現する以前に低酸素の水塊が出現してアコヤガイの斃死を招くことが知られている。 赤潮などの変色現象については古くから注目されてきたが,水域の富栄養化・汚染と関連して近年とくに研究が進められている。厳密な定義はないが,細胞が比較的大型のプランクトン(たとえばオリスソディスクス,ゴニオラックスなど)の場合には100~200細胞/mlの密度で海面がやや変色したように見え,1000細胞/ml程度になると明らかに色づいて赤潮と呼ばれる状態になる。…
…ビルダーは洗浄浴中でアルカリ緩衝作用をもち,汚れによる溶液の酸性化,アルカリ性化を防ぎ,カルシウムやマグネシウムのような硬水成分の悪影響を防止し,汚れの分散を助けるものとされている。かつてはSTPPを30%程度配合した例もあるが,洗剤使用量の増大とともに,排水の環境への影響(湖沼・河水等の富栄養化)が問題となり,低リンまたは無リン化への努力がなされ,またとくに日本では環境に適合したビルダーとしておもにゼオライトを微粉化した洗剤用ビルダーが用いられるようになった。ヘビーデューティ洗剤はまた,形状から粒状洗剤と液体洗剤に分けられる。…
…湖沼の周辺で都市化が進み,産業活動や開発工事が盛んになるにつれ,湖沼の汚濁が進んでいる。その中で最も代表的な例が富栄養化による湖沼の汚濁である。植物プランクトンの栄養源となる窒素やリンを含む都市下水,工業廃水,農業・畜産業排水などが湖に大量に流入すると植物プランクトンの発生が急激に増加する。…
…安定した生態系においては,循環の経路や経過の時間なども安定しているが,特定の場所に物質が停滞したり,逆に不足したりすると,生物群集にも変動が起こり,物質循環系は乱れる。環境汚染,湖沼や海洋の富栄養化現象も,こうした物質環境系の乱れとみなすことができる。また,公害問題として注目される重金属や有毒物質で見られる生物濃縮の過程も同様な循環系の乱れであろう。…
…ラン藻をはじめケイ藻や緑藻など,植物性のプランクトンが爆発的に増殖した場合に見られることが多いが,ラン藻類のMicrocystisの場合は青緑色を呈するので,特にアオコと呼ぶ。水の華はふつう窒素やリンなどの塩類が増えた場合によくみられることから,湖などが富栄養化したことの標徴とされることがある。また季節的にも夏から秋にかけてみられることが多い。…
※「富栄養化」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
宇宙事業会社スペースワンが開発した小型ロケット。固体燃料の3段式で、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発を進めるイプシロンSよりもさらに小さい。スペースワンは契約から打ち上げまでの期間で世界最短を...
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