ペーボ(読み)ぺーぼ(英語表記)Svante Pääbo

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ペーボ」の意味・わかりやすい解説

ペーボ
ぺーぼ
Svante Pääbo
(1955― )

スウェーデンの遺伝学者。ストックホルム生まれ。1975年ウプサラ大学人文学部入学、2年後に同大学医学部でも学ぶ。1981年に卒業後、同大学大学院細胞研究科に進み、アデノウイルスがつくりだすタンパク質(E19)の免疫作用について研究し、1986年に医学博士号を取得した。同年スイスのチューリヒ大学分子生物学研究所で博士研究員として勤務、1987年からカリフォルニア大学バークリー校生化学科に移り、1990年、ドイツのミュンヘン大学生物学科教授に就任した。1997年ドイツ・ライプツィヒのマックス・プランク研究所に進化人類学研究所を新設し、自ら所長を務める。1999年ライプツィヒ大学遺伝学・進化生物学の名誉教授、2020年(令和2)から沖縄科学技術大学院大学教授も兼任する。

 研究当初は絶滅した古代人の骨に残るDNAを、いかに精密に集めて解析するかに腐心した。古代人の骨のDNAは劣化がひどく、作業する際、人間の汗などのDNAが混入するので抽出がむずかしかったが、試行錯誤を重ねて解析技術を確立した。1990年ごろ、まず取り組んだのが、ドイツでみつかった旧人ネアンデルタール人ミトコンドリアDNAの解析である。40万年前にはヨーロッパ、西アジアに分布していたネアンデルタール人は約3万年前に絶滅した。細胞内の数が多く、短いミトコンドリアDNA(約1万6000塩基対)の全配列を、当時開発されたPCR法を活用して決定。これを現生人類ホモ・サピエンス)と比較したが、ほとんど共通点はなく、ネアンデルタール人は人類の祖先ではないと1997年に発表した。しかし、ミトコンドリアだけでは、現生人類の進化解明に不十分だとして、核DNAの配列解読に取り組んだ。大量の核DNA断片をジグソーパズルのように組み合わせるきわめて困難な作業も、「次世代シークエンサー」という新技術の登場で解読を成功させた。この配列とアフリカ人を除く各地の現生人類とを比較すると、核DNA全体の1~4%で共通点があることがわかった。これはネアンデルタール人と現生人類がともに暮らし、交雑していたことを示すもので、2010年にその研究成果を発表した。ほかにも、ロシア・シベリアのデニソワ洞窟でみつかった骨の核DNAを解析し、未知の古代人であることを2010年に公表。「デニソワ人」と命名した。このデニソワ人の核DNAの配列を現生人類と比較すると、東南アジアやメラネシアの人々に近く、核DNA全体の4~6%が共通していることを確認した。

 ペーボが切り開いたのは「古代ゲノム学」とよばれる学問領域で、現生人類がどこからきて、どう進化したかを知る手がかりとなっている。

 2013年グルーバー賞(遺伝学部門)、2016年(平成28)生命科学ブレークスルー賞、慶応医学賞、2019年ダーウィン‐ウォレス・メダル、2020年日本国際賞、2021年マスリー賞を受賞。2000年スウェーデン王立科学アカデミー会員、2004年アメリカ科学アカデミー外国人会員に選出され、2022年、「絶滅した古代人類のゲノムと人類進化に関する発見」でノーベル医学生理学賞を受賞した。人類進化学分野でノーベル賞を受賞するのは初めてである。生化学者の父スネ・ベルイストロームは、1982年に同じくノーベル医学生理学賞を受賞している。

[玉村 治 2023年2月16日]

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