イギリスの神経生理学者。バンベリーに生まれ、ケンブリッジのトリニティ・カレッジに学ぶ。在学中から神経生理学の実験に親しんだ。卒業(1936)後、ロックフェラー研究所流動研究員として1年間滞米。第二次世界大戦中レーダーの研究を担当。1945年ケンブリッジに復帰し神経生理学の研究を再開した。1970年以降ケンブリッジ大学教授。1963年、「神経線維の電気的活動にかかわるイオン機構の発見」によって、共同研究者A・F・ハクスリーおよび同様の研究をしていたエックルズとともにノーベル医学生理学賞を受けた。
ホジキンらは、イカの巨大軸索にガラス管微小電極を挿入して細胞膜内外の電位差を測定したが、インパルスによる活動電位の動きは、ベルンシュタイン以来の定説に変更を迫るものであった。彼らは神経線維の興奮に伴うイオンの移動を研究し、細胞膜のイオン(とくにナトリウム)透過性の変化を中心とする新説を提出、その数式的な解析も、以後の研究で高い予測性が実証された。
[梶田 昭]
イギリスの結晶学者。カイロで生まれる。オックスフォード大学卒業。ケンブリッジ大学でX線結晶学を学び、生理学者A・L・ホジキンのいとこで歴史学者のホジキンThomas Lionel Hodgkin(1910―1982)と結婚する。1947年、女性として初めて王立協会会員に選ばれる。1960年、オックスフォードのソマービル・カレッジ教授。1934年、J・D・バナールとともにX線結晶学の手法を初めてタンパク質に適用し、複雑な生体物質の構造を研究する道を開いた。1947年ペニシリンの構造を解明し、ついでビタミンB12の最初のX線回折像を得、10年間にわたる研究の結果その複雑な構造を究めた。1945年にはヨウ化コレステロールの結晶学的解析に成功、1973年ホルモンとしては最初のインスリンの構造を決定した。これらの業績により1964年ノーベル化学賞を受賞した。
[石館三枝子]
カイロ生まれのイギリスの物理化学者.旧姓はCrowfoot.オックスフォード大学サマービル・カレッジ(当時は女子カレッジ)を卒業後,1932年よりケンブリッジ大学のJ.D. Bernardのもとで,ステロールのX線結晶学的研究を行う.1934年オックスフォード大学に戻り化学を教え,1937年歴史学者T. Hodgkin(のちにアフリカのガーナ大学のアフリカ学研究所所長になった)と結婚.1946年よりオックスフォード大学講師,1960年同大学教授となる.1970年よりブリストル大学学長.また,1947年女性としてはじめてロイヤル・ソサエティ会員に選ばれた.X線回折による生体分子の分析に取り組み,1941~1947年ペニシリンの立体構造を明らかにし,1945年ヨウ化コレステロールの立体構造を決定した.このほか,1930年代からステロイド,ビタミンD,ペニシリン,ビタミン B12 の構造を決定した.これらの業績により,1964年ノーベル化学賞を受賞.1973年にはホルモンとしてははじめてインスリンの立体構造も明らかにした.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
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