元来は武運長久を祈る神。〈いくさかみ〉の音読で,古くは〈ぐんじん〉と発音した。西洋では,ギリシア神話のアレスやローマ神話のマルスがその代表。中国では,伝説上の建国者黄帝などが祭られた。
古来日本で軍神として祭られた神は数多くあるが,伊勢貞丈(江戸時代の有職故実家)は大己貴(おおなむち)命(大国主神)・武甕槌(たけみかづち)命(鹿島の神)・経津主(ふつぬし)命(香取の神)を祭るよう主張している。その他,素戔嗚(すさのお)尊・神武天皇・日本武(やまとたける)尊・神功皇后・建御名方(たけみなかた)神(諏訪の神)・坂上田村麻呂なども尊崇されているが,兵家は北斗七星の神格化された妙見大菩薩を信仰する者が多く,また仏説では摩利支天・大黒天・毘沙門天(または弁財天)の三天をあげる。なかでも八幡大神は源氏の人々が格別の崇敬を払ったことから,最も広く軍神として崇拝されてきた。
執筆者:大原 康男
戦死した軍人のなかでとくに軍人のかがみとして神格化された存在で,日露戦争時の海軍の広瀬武夫中佐,陸軍の橘周太中佐がその最初であるが,一般兵士に軍神の称が冠せられたことはない。1869年(明治2)に東京九段に招魂社(1879年に靖国神社と改称し別格官幣社に列した)が創建され,戊辰戦争以来の官軍の従軍戦没者全員が祭神として合祀されて以後,従軍戦没者はすべて靖国の神として祭られることになった。したがって戦死者中の特定の人物が軍神とされることは日清戦争時まではなかったが,日露戦争では海軍の旅順港閉塞作戦という決死隊的作戦のなかで,広瀬武夫が部下の生死を案じて弾雨のなかを捜索中に劇的戦死をとげたことから,緒戦の興奮にわきたつ国民に軍神として受け入れられた。陸軍では最初の大会戦である遼陽会戦での橘周太大隊長の戦死が,かつて東宮武官として近侍した皇太子の誕生日であったこと,戦死直前まで第2軍管理部長として坪谷水哉・田山花袋らの従軍記者と接してその謹直誠実な人格が敬服されていたことから,彼らの筆によって軍神とされた。陸海軍1人ずつの軍神という対抗意識もあったようで,この2人に劣らぬ人格者で壮烈な戦死をとげた軍人に対する軍神キャンペーンはなかった。1932年の上海事変での作られた忠勇美談の主肉弾三勇士も一般兵士であったためか軍神とまではされなかった。
陸海軍当局がみずから軍神の名を冠して戦死を公表したのは1941年の真珠湾海軍特別攻撃隊の9軍神と,翌年の陸軍の加藤建夫隼戦闘隊長であった。しかし,前者は10人のうち捕虜となった生存者1人については最後まで秘密にされていた。軍神は,いずれも戦争の初期の段階で生み出され,国民の戦意高揚に資するという当面の意義と,のちに国定教科書にその生前の言行が掲げられて,すべての徳目が忠君愛国に帰する教育勅語精神の典型としての意義をもった。
執筆者:大江 志乃夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
戦勝や武運長久を祈願すると、聞き届けてくれるといわれる神。天照大神(あまてらすおおみかみ)が皇孫瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を、葦原中国(あしはらのなかつくに)に降(くだ)されるに先だち、武甕槌神(たけみかづちのかみ)と経津主神(ふつぬしのかみ)が先発して平定したという故事から、その神々を祀(まつ)った鹿島(かしま)、香取(かとり)が軍神として崇(あが)められるようになったという。また、源氏が石清水八幡(いわしみずはちまん)を氏神とし、各地の源氏も八幡神を祀ったところから、八幡神を軍神とする。別に軍神(ぐんしん)は明治以降の勇猛な戦死者の美称。
[井之口章次]
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出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
…中国では,伝説上の建国者黄帝などが祭られた。 古来日本で軍神として祭られた神は数多くあるが,伊勢貞丈(江戸時代の有職故実家)は大己貴(おおなむち)命(大国主神)・武甕槌(たけみかづち)命(鹿島の神)・経津主(ふつぬし)命(香取の神)を祭るよう主張している。その他,素戔嗚(すさのお)尊・神武天皇・日本武(やまとたける)尊・神功皇后・建御名方(たけみなかた)神(諏訪の神)・坂上田村麻呂なども尊崇されているが,兵家は北斗七星の神格化された妙見大菩薩を信仰する者が多く,また仏説では摩利支天・大黒天・毘沙門天(または弁財天)の三天をあげる。…
※「軍神」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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