ローマのエピグラム詩人。イベリア半島中部の町ビルビリスに生まれた。64年にローマに移り住み,同じくヒスパニア(スペイン)出身であったセネカや叙事詩人ルカヌスと交際をもつようになる。しかし,この二人は65年のネロ帝に対する陰謀事件に連座したため,彼らとの交わりは長くは続かなかった。マルティアリスは,その後,98年に至るまでローマに逗留し,フロンティヌス,ユウェナリス,シリウス・イタリクス,クインティリアヌス,小プリニウスら同世代の文人たちと親しく交わった。98年に彼はローマを去って故郷に戻り,101年に最後の詩集(現在では《エピグラム集》第12巻にあたる)を公刊している。彼の死は,小プリニウスの104年執筆とされている書簡の中で悼まれている。
マルティアリスの作品は《エピグラム集》となって伝えられており,80年のコロセウム開場を語る詩集,12巻のエピグラム集と2巻の食卓のメニューおよび饗宴の客に贈る土産の品をテーマとする詩集から構成されている。全体で1500を超える彼の詩のうち80%以上にあたる1200余は,2行単位のエレゲイアの韻律で書かれており,マルティアリスがこの詩型を好んでいたことがうかがわれる。詩人の興味は,彼のまわりにいた人間たちに向けられ,後1世紀当時のローマのさまざまな人間模様が,エピグラムの中にいきいきと写し取られている。彼の詩は,深い思想に基づくものではないかもしれないが,人間性に対する鋭い洞察を示している。このような詩風からも推察されるように,アウグストゥス帝時代のエレゲイア詩人たちが好んで詩のテーマとした神話などは,実人生からかけ離れているため,彼の好む題材ではなかった。マルティアリスは,風刺詩人として名を知られているけれども,彼の友情あふれる詩や若者の死を悼む詩は,この詩人の暖かい心をよく示している。
執筆者:平田 真
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
古代ローマのエピグラム(寸鉄詩)詩人。スペインの生まれ。同地で教育を受けたのち、64年ごろローマに移り住み、同郷人セネカの家に身を寄せ、その死後文筆で細々と生計を支える。小プリニウス、クインティリアヌス、ユウェナリスら貴族や文人と交わりを深め、しだいに認められて、皇帝から騎士の身分を授けられる。80年コロセウムの開場に際して『見世物(みせもの)の本』を発表し、84年ごろの作品『クセニア』(贈り物)、『アポフォレタ』(土産(みやげ)物)によって名声を確立、85年以後『エピグラム集』12巻を順次発表する。しかし、大都会ローマでの生活に倦(う)み疲れ、98年ごろ故郷に帰り、後援者から贈られた土地で余世を送った。
彼はもっぱらエピグラムとよばれる短詩を用いて人間の愚かさを風刺し、「私の本は人間の匂(にお)いがする」ことを誇りとしたが、友人ユウェナリスのような社会批判はみられない。その作品中には、ときに猥雑(わいざつ)な表現や権力者への卑屈な態度もみいだされるが、彼は鋭い洞察と引き締まった文体によってエピグラムを文学様式として完成し、白銀時代を代表する詩人の1人となった。
[土岐正策]
『樋口勝彦訳『エピグラム集』(『世界名詩集大成1 古代・中世篇』所収・1966・平凡社)』▽『藤井昇訳『マールティアーリス詩選――附録・ギリシア詞華集』(1964・大学書林)』
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…またそのほかの散文作家には,小説《サテュリコン》の作者ペトロニウス,百科全書《博物誌》の著者の大プリニウス,《書簡集》を残した雄弁家の小プリニウス,農学書を残したコルメラ,2世紀に入って,《皇帝伝》と《名士伝》を著した伝記作家スエトニウス,哲学者で小説《黄金のろば(転身物語)》の作者アプレイウス,《アッティカ夜話》の著者ゲリウスなどがいる。 詩の分野ではセネカの悲劇のほかに,叙事詩ではルカヌスの《内乱(ファルサリア)》,シリウス・イタリクスの《プニカ》,ウァレリウス・フラックスの《アルゴナウティカ》,スタティウスの《テバイス》と《アキレイス》など,叙事詩以外ではマニリウスの教訓詩《天文譜》,ファエドルスの《寓話》,カルプルニウスCalpurniusの《牧歌》,マルティアリスの《エピグランマ》,それにペルシウスとユウェナリスそれぞれの《風刺詩》などがみられる。2世紀初頭に創作したユウェナリスのほかはすべて1世紀の詩人たちである。…
※「マルティアリス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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