ロシア料理(読み)ロシアりょうり

改訂新版 世界大百科事典 「ロシア料理」の意味・わかりやすい解説

ロシア料理 (ロシアりょうり)

古くからロシア人の食べ物として知られたのは,ライ麦からつくる黒パン,各種の穀物の粥(カーシャ),デンプンを用いるゼリー状のキセーリなどで,これらは12世紀以降の年代記などにあらわれる。飲物としては麦芽を発酵させてつくるクワス,蜜酒,ビールが愛好され,ややおくれてウォッカがこれに加わった。各種の獣肉,鳥,魚も早くから食されたが,チョウザメの卵であるキャビアが本格的にロシア料理に取り入れられたのは,16世紀後半にカスピ海に注ぐボルガ川の下流がロシアの領土に組み入れられてからである。

 宮廷の献立は17世紀から知られる。当時ツァーリの平日の正餐は70皿からなっていたという記録がある。その内容は冷肉,パンと焼菓子,魚,揚物,スープに大別されるが,それらは銀の食器に盛られ,一定の順序で次々に食卓に運ばれた。ほとんどの皿はツァーリが少し口をつけただけで,近侍の貴族たちに下げわたされた。このように皿数の多い平日の食事に対して,教会暦に定められた斎戒期やふだんの斎戒日(水曜日と金曜日)には,ツァーリといえどもほとんどパンと水だけで飢えをしのぐ習慣が厳格に守られた。18世紀以後ロシアの近代化にともなって,西ヨーロッパ,とくにフランスの料理がロシアにもたらされ,富裕な貴族は競ってフランス人のコックを雇い入れた。これに対して,おもに農民出身の商人たちは伝統的な味覚と食習慣を守り,それをいっそう発展させるとともに,新たにロシアの勢力圏に入ったシベリア中央アジアなどから伝わった料理を取り入れていき,今日世界的に知られるようなロシア料理を成立させた。

 ひと口にロシア料理といっても地域ごとの差異がきわめて大きいが,通常フルコースは次のようなメニューから成り立っている。(1)ザクースカ 各種の冷肉,キャビア,塩漬けニシンなどの魚肉,それに野菜サラダを含む前菜。ブドウ酒やウォッカなどのアルコール飲料も最初から供する。(2)スープ キャベツを具とするシチューで,トマトとビーツで赤い色をつけたボルシチ,細かく刻んだ肉と野菜をたっぷり含んだサリャンカ,魚を煮出したウハーなどの熱いスープのほかに,夏向きとしてクワスをベースとする冷たいスープのオクロシカなどがある。(3)獣肉,鳥あるいは魚の料理 牛肉をサワークリーム・ソースで煮たベフ(ビーフ)・ストロガノフのようにロシアで考案されたもの,シャシリクのように中央アジアから入ったものなど多様性に富む。キノコもしばしば用いられる。(4)デザート イチゴ類を使ったアイスクリームや各種パイ,ケーキとジャムつきの紅茶など。日本にはロシア革命後,白系ロシア人の来日によって長崎や神戸などにロシア料理を専門とするレストランがあらわれたが,本格的に親しまれるようになったのは第2次大戦後である。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ロシア料理」の意味・わかりやすい解説

ロシア料理
ろしありょうり

ロシア料理とは、9世紀のロシア建国から帝政ロシア時代、1917年の革命後のソ連邦時代を経て現在まで、ロシア人の間ではぐくまれてきた伝統の料理である。ロシア人がもっとも多く住むのはモスクワなどの大都市、酷寒のシベリアから温暖なボルガ川流域地帯までを包含するロシア連邦であり、この地域の料理を主体とするが、近隣の旧ソ連諸国、すなわちウクライナベラルーシモルドババルト三国コーカサスや中央アジアの国々の個性ある独特の民族料理を含めて考えることもある。

 伝統のロシア料理は昔の皇帝、貴族ら特権階級の絢爛(けんらん)豪華なものから、庶民の質素で単調なものまであるが、なんといってもロシア農民の日常の食べ物が中心である。帝政のころ、外国との文化交流によりフランス料理などの流行したこともあったが、ついに変わらなかったのは、ロシア人のロシア料理への愛着心であった。そこによそ者の踏み込む余地はなく、革命でさえ料理を変えることはついにできなかった。昔の食物はカーシャ(ソバの粥(かゆ))、シチー(キャベツ入りスープ)、クワース(ライ麦製飲料)、ライ麦粉の黒パンに尽きる。チェーホフの『曠野(こうや)』では、昼食に大鍋(なべ)の中に川エビ、小魚を放り込んで黍(きび)、塩を加えたカーシャが登場する。

 ロシア料理は、実質的、栄養的、素朴さが特徴。味は酸味があり淡白で、日本人にも親しめる。材料の野菜、果物は北方に乏しく、南方は豊富。南方を除いては生野菜は少なく、キャベツ、タマネギ、ジャガイモ、ビート、キュウリの貯蔵(酢漬け、塩漬け)に比重が重い。肉は羊肉は南方、ほかはウシ、ブタ、ウマ、トナカイ、シカ、野鳥、ニワトリなど。トマトとスメタナ(サワークリーム)で煮たベフ(ビーフ)・ストロガノフ、キエフ(キーウ)風鶏肉のカツレツジョージアグルジア)のシャシリク(羊肉の串(くし)焼き)などの名物料理がある。魚はニシン、タラ、チョウザメをよく使い、酢漬け、塩漬け、薫製にすることが多い。乳製品は豊富で良質、スメタナ、トボーログ(カテージチーズ)、ケフィール(サワーミルク)などは料理にも利用される。ザクースカ(前菜)にキャビアは有名で、シチー、ボルシチ、サリャンカなどのスープ、ピロシキそのほか無数の粉料理は、まさにそれがロシア料理といいたい。風土上、キノコの多種多様さはみごとで、その料理も多い。

 甘味ではワレーニエ(果物のシロップ煮)、キセーリ(果物などのババロア)、ペチェーニエ(焼き菓子)などが知られ、飲物ではウォツカ(火酒)が有名である。ウォツカは無色透明の蒸留酒で、その味とロシア料理とは実にぴったりの感がある。ジョージア、アルメニア、カフカスでは、ワインやコニャックをつくっている。

[長屋美代・小阪ひろみ]

『『朝日百科 世界の食べもの4 ヨーロッパ中・北・東部・ロシア・ギリシア』(1984・朝日新聞社)』『原卓也監修『世界の歴史と文化 ロシア』(1994・新潮社)』

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百科事典マイペディア 「ロシア料理」の意味・わかりやすい解説

ロシア料理【ロシアりょうり】

ロシアでは古くからライムギで作った酸味のある黒パンが常食とされていた。これにカーシャ(コムギやオートムギ,ソバなどで作るかゆ)と,キャベツ入りのスープ,さらにクワス(ライムギと麦芽を発酵させた酸味のある飲物)を加えたものが,長年にわたってロシアの基本的な食事であった。祝日には肉や野菜を詰めたピローグ(一種のパン)を焼いたが,小型のピローグを揚げたものがピロシキである。 18世紀になるとフランスの宮廷文化が取り入れられ,貴族たちはフランス料理を食べるようになった。一方,商人たちは伝統的な食習慣を守り発展させ,新たにロシアの勢力下に入った中央アジアなどの料理も取り入れた。こうしたものが相まって,今日のようなロシア料理を形成するに至った。 一般的なロシア料理のフルコースはザクースカとよばれる前菜から始まり,冷肉やキャビア,塩漬けニシン,野菜などが供される。次いでスープとなるが,トマトとビート(ビーツとも)で赤く色づけしたボルシチや,細かく刻んだ肉と野菜を入れたサリャンカ,夏向きの冷たいスープのオクロシカなどがある。主菜の肉や魚の料理では,牛肉をサワークリーム・ソースで煮たビーフ・ストロガノフや,中央アジア伝来のシャシリクなどが知られる。デザートにはイチゴ類のアイスクリームやジャム入り紅茶が出される。

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世界大百科事典(旧版)内のロシア料理の言及

【西洋料理】より

…夏が短くて野菜に恵まれないため,野菜料理も種類が少なく,長い冬の間は,野菜やキノコの塩漬,酢漬,ハム,ソーセージなどの保存食品がおおいに利用される。体の温まるどちらかといえば重い料理が多く,ドイツやロシア料理と共通する点が認められる。ハンガリー料理は,料理用の油脂としてバターや植物油でなくラードを用いる点,パプリカやサワークリームを多用する点などに特色がある。…

※「ロシア料理」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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