日本大百科全書(ニッポニカ) 「アザラシ」の意味・わかりやすい解説
アザラシ
あざらし / 海豹
earless seal
true seal
Phocids seal
哺乳(ほにゅう)綱鰭脚(ききゃく)目アザラシ科に属する動物の総称。同科Phocidaeの仲間は、陸上での移動はひれ状の四肢によらず、腹ばいに体をうねらせて移動すること、後肢が前方に曲げられないこと、前肢は後肢より短く体長の4分の1以下であること、耳介がないことなどの点で鰭脚目の他科(セイウチ科、アシカ科)と区別される。また10属19種からなり、アシカ科が14種、セイウチ科が1種であるのと比較して、よく繁栄している。これは、形態がより水中生活に適応しているためである。陸上に比べて餌(えさ)(おもに魚類、甲殻類、軟体動物など)の豊富な海での適応が進んだためで、北極海、南極海はもとより、中緯度、低緯度の海洋、内湾、河口、湖まで世界の海洋の至る所に生活圏を広げている。北極海にはフイリアザラシ(ワモンアザラシ)、北大西洋にズキンアザラシ、アゴヒゲアザラシ、ハイイロアザラシ、タテゴトアザラシ、北太平洋にゴマフアザラシ、フイリアザラシ、アゴヒゲアザラシ、クラカケアザラシ、ゼニガタアザラシ、中緯度、低緯度の海にキタゾウアザラシ、モンクアザラシ類、南極海にミナミゾウアザラシ、カニクイアザラシ、ヒョウアザラシ、ロスアザラシ、ウェッデルアザラシ、バイカル湖やカスピ海にバイカルアザラシ、カスピアンアザラシが分布している。
種分化が進んでいるため、形態的、生態的特徴も多様である。水生生活者となっても繁殖に関しては保守的で、陸上や氷上で繁殖する。陸上での運動機能が劣化しているため、外敵のいない海氷上で繁殖する種と、外敵に襲われやすい陸岸で繁殖する種とでは、繁殖形態が異なる。一般に陸岸で繁殖する種は集団繁殖する。これは洋上の小島などで繁殖効率を高めて短期間に繁殖するためである。その結果、性淘汰(とうた)により雄は雌の数倍も体が大きくなり、ハレムをつくる。ゾウアザラシはその典型的例である。一方、氷上で繁殖する種は集団繁殖せず、雌雄の大きさも同一である。しかし、外洋の広大な海氷上で繁殖する種には、タテゴトアザラシのように、繁殖期の雌雄の出会いの機会を増やすため、体色模様に差があるものもある。氷上種では新生子に毛足の長い新生毛があるのも繁殖適応の一つである。湖や内湾に生息する種は餌(えさ)の供給が少なく、一般に小形。バイカルアザラシは最小の種で体重50キログラム、最大のゾウアザラシの80分の1しかない。
[内藤靖彦]
人間との関係
人類の居住の極北地域への拡大は、河川と海岸沿いに行われたと推測されるが、海岸部の人々の生活を支えたおもな食料源は魚類と海獣類であった。海獣類のなかでもとくにアザラシ類は、極北地域の人々にとって資源としての豊かさと安定性のため重要な食料の一つであった。それはエスキモーにみられるアザラシ狩猟法の多様性(海上、氷縁、氷上での呼吸孔による狩猟や、ラグーンでの網猟など)と銛(もり)をはじめとする道具類の発達から知ることができる。しかし、アザラシ類の利用は極北地域に限らない。たとえば北海道は、流氷分布域の南限であると同時にアザラシ類分布の南限の一つでもあるが、縄文時代以降、根室市のオンネモト(温根元)遺跡ほか多くの遺跡から、アザラシやオットセイの遺骸とともに骨角製の銛先が多数出土しており、銛を用いた海獣狩猟技術の発達がわかる。この海獣狩猟の技術伝統は、極北地域とともに、世界でもっとも古いものの一つとなっている。
[西本豊弘]