改訂新版 世界大百科事典 「アヒル」の意味・わかりやすい解説
アヒル (家鴨/鶩)
duck
Anas platyrhynchos var.domesticus
ガンカモ科のマガモを北半球の各地で飼いならした家禽で,中国が最も古く,ヨーロッパでも紀元前後に馴化(じゆんか)されている。祖先種のマガモは候鳥(渡り鳥)で夏はシベリアに渡って繁殖し,一夫一婦性で巣について卵をあたためるが,アヒルは飛翔(ひしよう)力を失い複婚性で就巣性もなくしている。肉用種と卵用種がある。肉用種としてはペキン種Pekin(中国原産,白色,体重3.6~4.1kg。ペキンダック),ルーアン種Rouen(フランス原産,羽色はマガモと同じで雄は頭頸部が青緑色,雌は全身褐色,体重4.1~4.5kg),アオクビ(青首)種(日本在来種,羽色はマガモと同じ,体重3.4~3.7kg),エールズベリー種Aylesbury(イギリス原産,白色,体重4.1~4.5kg)が有名である。卵用種にはカーキーキャンベル種Khaki Campbell(イギリス原産,褐色,年に250~300卵を産む),インディアンランナー種Indian Runner(白色が多い。年に200~250卵を産む)がある。アヒルは水禽であるが陸飼いもできる。雑食性でしかも大食でニワトリの2倍も食べるといわれる。水辺に放飼いして水草や水生動物をあさらせると飼料費を節約できて有利である。ことに水田に放すと雑草や害虫を駆除し,そのうえ糞が肥料となる。中国南部にはこのような養鶩(ようぼく)の形がみられる。体はじょうぶで粗放な管理にも耐えて成育し,また発育が早くて孵化(ふか)後3ヵ月くらいで食用に供される。産卵を一定の場所にする習性がないので採卵用のアヒルは放飼いするわけにはいかない。また就巣性を欠いているので,繁殖する場合には人工孵化をしなければならない。孵化日数は約28日である。タイワンアヒルはバリケンとも呼ばれ南アメリカのノバリケンを家禽化したもので,アヒルとは別種である。体は大きく顔が赤く頭部に赤いこぶがある。台湾ではこの両者の一代雑種をドバン(土蕃)と呼び,早熟で体が強健,肉量・肉味に優れているので肉用に飼育している。ドバンには繁殖力はない。ナキアヒルはアイガモ(合鴨)とも呼ばれアヒルとマガモの雑種である。羽色はマガモと同様であるが体はやや大きく,繁殖力は雌雄ともに正常である。そのほか頭に羽冠のあるカンムリアヒルなどがある。アヒルの肉は各種料理に用いられるが,北京料理の烤鴨子(カオヤーズ)はとくに有名である。強制肥育したペキン種のアヒルの丸焼きで,その皮をネギとみそとともに餅皮に包んで食べる。アヒルの卵は鶏卵より大きく(70~80g),生食するほか加工されてピータン(皮蛋)として利用される。また全身に密生している羽毛は寝具や防寒衣の詰物として優れている。
執筆者:正田 陽一
西洋民俗
アヒルは古代にはガチョウにくらべて人間生活にもつ意味がずっと劣り,中世になってからやっと太ったアヒルの肉がガチョウやニワトリなみに食用にされるようになった。アヒルは天気を予言するといわれる。水にしばしばもぐったり,せっせと身づくろいしたり,体に脂をぬったりすると雨になる。北から飛来すると寒くなり,南からやって来るとおだやかな天気になるという。アヒルの池が血に染まったら戦争の起こる前兆である。人間の魂はアヒルの姿をとると信じられ,小人や妖精もアヒルの姿であらわれる。アヒルの心臓は幸運をもたらす。雄のアヒルの尾の巻毛を花嫁の靴の中に入れておくと,夫は亭主関白になれるという。このほか民間医療でアヒルはいろいろ役にたつとされ,例えば腹痛にはアヒルを死ぬまで腹にあてておくとその血が体内の毒を無害にして治すという。アヒルの脂は神経痛,咳止め,カタルに効くし,胆汁は耳の病によいといわれる。
執筆者:谷口 幸男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報