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アルジェリア問題 アルジェリアもんだい

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アルジェリア問題
アルジェリアもんだい

アルジェリアの独立をめぐる問題。 1830年からフランスの植民地であったアルジェリアでは 1962年の独立達成まで激しい独立運動が行われたが,特に 54年 11月のアルジェリア民族解放戦線 FLNの結成に続く8年間は,本格的な植民地解放戦争が行われた。 FLNの指導のもとに東部山岳地帯で始められた武装蜂起は次第にアルジェリアの全農村地帯に波及,また都市では大がかりなサボタージュやテロへと発展した。これに対しフランスは,延べ 80万の大軍と3兆 5000億旧フランの軍事費を投入して徹底弾圧の方針をとったが,アルジェリア人民の人海ゲリラ戦術にうちかつことはできず,ますます長期化,泥沼化し,国内世論の分裂,巨額の軍事費による財政困難と相まって,第四共和政の崩壊へと導かれた。さらに 58年9月 F.アッバスを首班とするアルジェリア共和国臨時政府 GPRAがカイロに樹立され,アラブ諸国や社会主義諸国の承認を得たことから,フランスは国際的にも苦しい立場に立たされた。フランスでは,58年6月軍の期待をになって首相となった C.ドゴールが,一方で兵力を増強しながら他方で憲法を改正して第五共和政の初代大統領に就任 (1959) ,強大な権限を得て事態の収拾に乗出した。 59年9月ドゴールが停戦と民族自決を呼びかけたことから,これに反対する右翼やヨーロッパ人植民者の秘密軍事組織 OASの反乱やテロ活動があったが,まもなく鎮圧された。 60年6月のフランスと GPRAとの最初の接触を皮切りにエビアンでの2度の会談 (61.5.,62.2.) を経て,アルジェリアは独立した。

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