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アルジェリア戦争 アルジェリアせんそう

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百科事典マイペディアの解説

アルジェリア戦争【アルジェリアせんそう】

1954年から8年間にわたって行われたアルジェリア独立戦争。フランスの植民地支配に耐えかねたアルジェリアの民衆は,1954年アルジェリア民族解放戦線FLN)の指揮下に武装闘争に立ち上がった。
→関連項目アルジェリアファノンブーメディエン

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世界大百科事典 第2版の解説

アルジェリアせんそう【アルジェリア戦争】

アルジェリア国民が独立を達成するために,フランス政府・入植者に対して行った民族解放運動の最終段階。1954年11月から62年3月まで,約7年半にわたってゲリラ戦争を含む激しい運動が展開され,フランス政府も武力でそれを弾圧しようとしたので,〈戦争〉と呼ばれる。 戦争の展開は,次のような四つの局面に分けられる。(1)ベン・ベラらの指導による武装闘争の開始後,政治指導軍事行動の中核としてそれぞれ民族解放戦線FLNと国民解放軍ALNが結成され,ゲリラ活動が国内各地に拡大した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

アルジェリア戦争
あるじぇりあせんそう

アルジェリア民族解放戦線(FLN)によって1954年から1962年まで続けられたフランスに対する民族解放戦争アルジェリアは1830年にフランスによって侵略され、1834年以降その植民地支配のもとに置かれることになったが、以来白人移民(コロン)によるアルジェリア人の土地の収奪が進められ、またアルジェリア人に対する差別的な政策が導入された。この間アブデル・カーデルの反乱をはじめ数多くの抵抗運動が断続的に起こったが、ことごとく鎮圧された。第一次世界大戦後フランスは部分的な改革を実施したがアルジェリア人の多くは満足せず、1926年にはパリ在住アルジェリア人(およびチュニジア人)の間に「北アフリカの星」という名の政治組織が創設され、近代的な民族運動の時代が到来した。「北アフリカの星」は1930年代なかば以降アルジェに本拠を移し、民族運動はいっそう盛り上がったが、第二次世界大戦ビシー政府の手で運動は弾圧され、「北アフリカの星」の後身であるアルジェリア人民党は禁止された。大戦末期に創設された「宣言と自由の友の会」はアルジェリアの自治を要求したが、戦後の植民地改革にもかかわらず、アルジェリアはあくまでもフランス本土の一部とされたため、民族主義者の不満は限界に達した。
 1954年11月FLNによって東部山岳地帯で開始された武装蜂起(ほうき)は、しだいに全国の農村地帯へ広がり、都市でもサボタージュやテロによる抵抗運動が頻発するに至った。これに対しフランスは、当初延べ5万人にすぎなかったアルジェリア駐留軍を1958年までに50万人余りに増強し、解放闘争の鎮圧を図ったが成功せず、国内世論の分裂、巨額の戦費による財政難などによって、ついに第四共和政そのものの危機を招く結果となった。この危機を打開するためフランスは、1958年2月、宥和(ゆうわ)政策として地方自治の拡大を骨子とする新アルジェリア基本法を成立させたが、これはアルジェリア人を満足させなかったばかりか、かえってアルジェリア駐留フランス軍の反乱を誘発することになった。そこで、軍の支持を背景にドゴール将軍が政権を掌握して、同年10月に第五共和政を発足させた。他方、同年9月にはエジプトのカイロにアルジェリア共和国臨時政府が樹立され、ドゴール政府も9月にアルジェリア自決権を承認し、その後1962年3月の停戦協定(エビアン協定)、同年7月の住民投票を経て、アルジェリアは独立を達成したのである。[小田英郎]
『ジュール・ロワ著、鈴木道彦訳『アルジェリア戦争』(岩波新書) ▽淡徳三郎著『アルジェリア戦争 FLNの7年半』(青木新書)』

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世界大百科事典内のアルジェリア戦争の言及

【第四共和政】より

… インドシナ戦争は,54年,第四共和政下に初めてMRP抜きで政権を担当したマンデス・フランス内閣がジュネーブ会談により終結させた。しかし同年に始まったアルジェリア戦争は第四共和政の崩壊に連なった。58年5月,アルジェリア支配の保持とそのための政府の強化を求めて現地派遣軍や植民者の反乱が起こり,フランス本土へも拡大する状況が生じたとき,政府はなすすべを失い,ド・ゴールに事態の収拾をゆだね,6月1日議会はド・ゴールを首相として信任,その要求に従って翌日彼に全権を付与,さらに3日には憲法改正の方針を承認した。…

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