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インターラーケン Interlaken

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

インターラーケン
Interlaken

スイス中部,ベルン州の町。ブリエンツ湖トゥーン湖にはさまれたベデリ平地に位置することからこの名 (湖間の意) がある。町はアーレ川左岸に沿って,アウグスチノ会の修道院を中心に発達した。この修道院は 1528年に廃止されたが,建物は今日も残っており,英国国教会,スコットランド長老派,フランス系プロテスタント (ユグノー) など諸派の礼拝が行われている。 1750年に築かれた城は郡役所として使用されている。町は南側にユングフラウなどベルナーオーバーラントの山々を望み,アルプス観光の中心地として知られ,東部の駅からグリンデルワルトラウターブルンネンミュレンなどの景勝地に鉄道が通じている。主産業は観光のほか時計,織物など。住民のほぼ全員がドイツ系のプロテスタント。人口 5500 (1988推計) 。

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デジタル大辞泉の解説

インターラーケン(Interlaken)

スイス中部の都市。ユングフラウの北、トゥーン湖とブリエンツ湖との間にあり、アルプス登山・観光の基地。

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百科事典マイペディアの解説

インターラーケン

スイス,ベルン州の町。町名は,ラテン語で〈湖の間〉の意。アーレ川に沿い,トゥーン湖とブリエンツ湖にはさまれている。気候温和でスイス最古の保養地の一つ。ユングフラウの好展望地で登山根拠地。
→関連項目スイス・アルプスのユングフラウとアレッチ氷河

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世界大百科事典 第2版の解説

インターラーケン【Interlaken】

スイス中部,ベルン州のトゥーン湖,ブリエンツ湖にはさまれた観光の町。人口4900(1980)。地名それ自体が〈湖の間〉を意味する。12世紀にアウグスティヌス派修道院の建立に伴って開発され,都市ベルンの保護と支配を受けた。早くから観光地として発展したが,1890年ラウターブルンネンとグリンデルワルトまで,次いで1912年にユングフラウヨッホ(3457m)まで登山鉄道が完成すると,ベルナー・アルペンへの前進基地として爆発的人気をえた。

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大辞林 第三版の解説

インターラーケン【Interlaken】

スイス中部、アルプスの高峰ユングフラウの北に位置する観光都市。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

インターラーケン
いんたーらーけん
Interlaken

スイス中央部、ベルン州の町。標高563メートル。人口5094(2001)。ブリエンツ湖とトゥーン湖の間にあり、アーレ川に沿って立地する。1133~1528年にこの地にあった僧院の名が地名のおこりで、ラテン語名インテルラクスInterlacsは「湖の間」の意味である。ベルナー・オーバーラント(ベルン・アルプス)への観光の中心地で、グリンデルワルト、ラウターブルンネン行きのベルナー・オーバーラント鉄道の起点である。[前島郁雄]

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