ウッドワード‐ホフマン則(読み)うっどわーどほふまんそく(その他表記)Woodward-Hoffmann rule

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

ウッドワード‐ホフマン則
うっどわーどほふまんそく
Woodward-Hoffmann rule

アメリカのR・B・ウッドワードとR・ホフマンにより1965年に発表された「分子軌道対称性の保存」に関する理論。共役π(パイ)電子系化合物の付加環化、電子環化、シグマ移動反応(シグマトロピー反応)などの協奏反応(一段階反応)においては、出発物と生成物分子軌道の対称性が一致している場合には反応は容易に進行し(許容)、一致していない場合には反応がおこりにくい(禁制)という法則である。この法則が成立するのは、反応にもっとも大きく関与するフロンティア分子軌道の対称性が出発物から生成物に至る全反応経路で保持されていると反応に有利であることによる。光励起状態基底状態とでは、分子軌道への電子の詰まり方が異なり、フロンティア軌道が異なるので、熱反応と光反応は対照的に相違するのが特徴である。この種の概念の発展には、福井謙一フロンティア電子理論(福井則)の貢献が大きい。この理論により協奏反応ばかりでなく、化学反応が体系的に整理される可能性があり、また反応性も理論的に予測しうるので高く評価される。

[向井利夫・廣田 穰]

『グエン著、三田達訳『ウッドワード・ホフマン則』(1975・東京化学同人)』『福井謙一著『化学反応と電子の軌道』(1976・丸善)』『井本稔著『ウッドワード・ホフマン則を使うために』(1978・化学同人)』『G・B・ギル、M・R・ウィリス著、中崎昌雄他訳『ウッドワード‐ホフマン則とペリ環状反応』(1980・東京化学同人)』


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 の解説

ウッドワード=ホフマン則
ウッドワード=ホフマンそく
Woodward-Hoffmann rule

軌道対称性の保存則ともいう。 1965年,R.B.ウッドワードおよび R.ホフマンによってその端緒が発表され,さらに群論的方法により拡張された。この法則により,ディールス=アルダー反応コープ転位など定常状態近似できるような中間体を経ない一段階反応に,統一的かつ予測性のある説明を与えることが可能になった。その基本法則は「協奏反応 (素反応) において,ある対称要素をもつ分子から同じ対称要素をもつ分子が生成する場合には,反応の過程を通して分子軌道の対称性は保存される」つまり「協奏反応においては,反応系の分子軌道は生成系の同じ対称性をもつ分子軌道と相関しなければならない」というもの。たとえばシスブタジエンからシクロブテンへの分子内環化反応では,炭素骨格の平面性が保たれたまま生成系になると仮定すれば,反応の過程を通して保存される対称要素は反応の立体化学によって異なる。すなわち,末端のメチレン基が同じ方向に回転して (同旋的) シクロブテンになる場合には,2回回転軸という対称要素が存在し,反対方向に回転して (逆旋的) シクロブテンになる場合には対称面が存在する。反応に関与する結合の分子軌道をエネルギー準位の低いものから順に並べ,それぞれ対称面および2回回転軸に関する対称操作について対称なもの,反対称なものに分類し,非交差則に従って同じ対称性の準位同士を相関させると,同旋的反応では,ブタジエンの基底状態とシクロブテンの基底状態が相関しており,熱で反応が起り (熱的許容) ,逆旋的反応では,シクロブテンの最低励起状態と相関があり,光化学反応が許容である (熱的禁制) 。これはメチレン基に異なる置換基の入った場合の実験結果と完全に一致している。このようにして,状態相関により分子内環化反応,付加環化反応,シグマトロピー反応,キレトロピー反応などの周辺環状反応 (環状遷移状態を経る一段階反応) の一般的選択律が得られる。類似の取扱いに福井謙一のフロンティア軌道法や周辺環状遷移状態の芳香族性を基にしたチンメルマン法やジュワー法がある。

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改訂新版 世界大百科事典 の解説

ウッドワード=ホフマン則 (ウッドワードホフマンそく)
Woodward-Hoffmann rule

ある種の有機化学反応の熱光選択性(熱で起こるか光で起こるか)および立体選択性(生成物の立体化学がどうなるか)を説明または予測するための量子化学的法則。1965年アメリカのR.B.ウッドワード(1917-79)とR.ホフマン(1937- )は,それまで説明のつかなかった有機化学反応の諸現象,すなわち,(1)熱によってしか進行しない反応もあれば光の影響下でしか進行しない反応もあること,(2)反応によっては立体選択性の高い生成物が得られ,しかも熱反応と光反応でその立体化学がしばしば異なること,などに対して分子軌道論に基づく説明を与えた。分子軌道の対称性に関係する理論であることから軌道対称性保存則とも呼ばれる。これにより,ホフマンは81年ノーベル化学賞を受けた。この法則で説明できる代表的反応として,付加環化,開環,閉環,コープ転位などがある。たとえば,ブタジエンとエチレンとの付加環化は熱で起こる(式(1))が,2個のエチレンの付加環化は光でしか起こらない(式(2))。また,シクロブテンの開環でブタジエンが生成する反応,およびその逆反応(閉環)は式(3)に示すように,どの過程も立体選択的に進行する。


ジエン合成 →有機化学反応 →立体特異性
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化学辞典 第2版 の解説

ウッドワード-ホフマン則
ウッドワードホフマンソク
Woodward-Hoffmann rule

1965年にR.B. Woodward(ウッドワード)とR. Hoffmann(ホフマン)によって提案された,ペリ環状反応の立体選択性に関する規則.軌道対称性の保存則ともいわれ,環状電子反応,付加環化反応,シグマトロピー転位などのペリ環状反応において,生成系の立体化学が反応系の軌道の対称性によって規定されるというもの.ペリ環状反応では,結合の生成と切断が協奏的に進行する.その際,反応に関与するすべての軌道を用いて,量子化学の非交差則に従って反応系と生成系の間の軌道相関図を作成すると,反応が基底状態で対称許容か対称禁制かを予想することができる.たとえば,1,3-ブタジエンからシクロブテンが生成する反応は,同旋過程は対称許容であり熱的に反応が進行するが,逆旋過程は対称禁制となり反応は進行しない.逆に光反応では,逆旋過程のほうが対称許容となる.

出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報

法則の辞典 の解説

ウッドワード‐ホフマン則【Woodward-Hoffmann rule】

「軌道対称性保存則」とも呼ばれる.付加・開裂反応生成物の立体化学を予測する法則.

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