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オモトショ(英語表記)Omotoso, Kole

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

オモトショ
Omotoso, Kole

[生]1943.4.21. イギリス保護領ナイジェリア,アクレ
ナイジェリアの小説家,劇作家,評論家。ヨルバ族出身。イバダン大学でアラビア文学を学び,イギリスのエディンバラ大学で博士号を取得後,1972年帰国。イバダン大学,イフェ大学でアラビア文学を教える。ウォーレ・ショインカやチヌア・アチェベの次の世代を代表する一人で,1975年のアフリカ人作家連盟の設立に尽力,土着文化の育成にも努めた。1980年代から 2003年までロンドンで出版された『ウェスト・アフリカ』誌に文芸コラムを連載,好評を得た。長くイギリスに住んだが,のち南アフリカ共和国の西ケープ大学やケープタウン大学で教鞭をとる。ナイジェリア初の推理小説『フェラの選択』Fella's Choice(1974),事実と虚構を織り交ぜた『夜明け前』Just Before Dawn(1988)など小説作品も多く,アレゴリーを多用している。相次ぐ軍事クーデターによる社会の腐敗を訴える『呪詛』The Curse(1976)などの戯曲のほかに,評論『アフリカ文学の発見』Discovering African Literature(1982),現代アフリカの危機をえぐる評論書『南への移動の季節』Season of Migration to the South: Africa's Crises Reconsidered(1994)などがある。(→アフリカ文学

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

オモトショ
おもとしょ
Kole Omotoso
(1943― )

ナイジェリア、ヨルバ・ランド出身の小説家、劇作家、評論家。イバダン大学卒業後、エジンバラ大学で現代アラブ文学を専攻し、博士号を取得。1972年に帰国し、イバダン大学、イフェ大学でアラブ・アフリカ文学を講じ、のち南アフリカのウェスタン・ケープ大学教授となった。英語文学のヨルバ語化、土着文化の育成に意欲的。売春婦の母が自殺して、わが身をアフリカの未来のための生贄(いけにえ)に捧(ささ)げる悲劇を描いた代表作『生贄』(1974)のほかに、小説に『建造物』(1971)、ナイジェリア市民戦争(ナイジェリア戦争)をテーマとした『戦闘』(1972)、ナイジェリア最初の推理小説『フェラの選択』(1974)、社会の不平等を諷刺(ふうし)した『尺度』(1976)、『最近のブーム回想』(1982)、『夜明け寸前』(1988)、短編集に『奇蹟(きせき)』(1973)、『チャンスの王国』(1982)、社会諷刺(ふうし)劇に『呪詛(じゅそ)』(1976)、『地平線の影』(1977)、評論集に『アフリカ小説の形式』(1979)、『劇的なものから劇へ』(1982)、『南部移住の季節』(1994)、『アチェベかショインカか』(1995)があり、雑誌『ウェスト・アフリカ』のコラムニストとしても活躍している。[土屋 哲]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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