キエフ

百科事典マイペディア「キエフ」の解説

キエフ

ウクライナ首都であり,文化・経済・政治の中心。ウクライナ名はキイフKyiv。市街はドニエプル川右岸の高台に発達。機械・織物・建設資材などの工業が行われる。5世紀後半から6世紀前半の建設と伝えられ,〈ロシア諸都市の母〉と呼ばれるように,旧ソ連地域で最も古い歴史をもつ都市。コンスタンティノープルとの貿易で栄え,9世紀にキエフ・ロシアの主都。1667年,ロシアに併合,1934年,ウクライナの首都。1941年―1944年ドイツ占領下で,ユダヤ人5万人を含む多数の市民が虐殺された。1991年ソ連崩壊で独立したウクライナの首都となる。歴史的にキエフはウクライナ民族主義の拠点都市といえるが,ソ連時代のロシア語優遇政策の影響で,住民の多くがロシア語もしくはロシア語とウクライナ語を併用しており,ウクライナ語のみの住民は少数といわれる。民族的にはロシア人は約13%でウクライナ人が80%強を占めている。2014年の親ロシア政権崩壊,親西欧・民族主義政権の誕生となったウクライナ政変はキエフから始まったものである。11世紀のソフィア大聖堂,黄金門,ペチェルスカヤ大修道院など古建築物が多く,1990年に主要な建造物は世界文化遺産に登録された。ウクライナ科学アカデミー,大学(1834年創立)がある。281万4258人(2012)。
→関連項目ヤロスラフ

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精選版 日本国語大辞典「キエフ」の解説

キエフ

(Kijev) ウクライナの首都。ドニエプル川中流域の都市。八世紀ころからビザンチンとの貿易で栄え、九世紀末、キエフ公国の首都となる。一二四〇年モンゴルに侵入され、のちポーランドの領有を経て、一六八六年ロシア帝国に併合。一九世紀末にはロシア革命運動の一中心となった。現在はウクライナの機械工業および交通の中心地。「ロシアの都市の母」と呼ばれる古都で、聖ソフィア寺院キエフ大学などがある。

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世界大百科事典 第2版「キエフ」の解説

キエフ【Kiev】

ウクライナの首都。人口263万(1996)。旧ソ連ではモスクワレニングラードに次ぐ第3の都市であった。面積は780km2で,市内は12の地区に分かれている。ドニエプル川中流の両岸にまたがり,右岸の丘陵河岸段丘の部分が古くからの町であり,左岸低地は比較的新しく発展した部分で面積も小さい。北緯50゜,森林帯南端にあり,キエフの南100kmからステップ地帯が始まる。気候は穏やかな大陸性で,1月の平均気温は-5.8℃,7月は19.5℃。

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世界大百科事典内のキエフの言及

【キエフ・ロシア】より

…ロシアの政治,経済,文化の中心がキエフにあったキエフ時代(ほぼ9世紀半ばから13世紀半ばまで)のロシア。キエフ・ルーシ,キエフ国家ともいう。…

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