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キージンガー キージンガーKiesinger, Kurt Georg

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

キージンガー
Kiesinger, Kurt Georg

[生]1904.4.6. ウュルテンベルク,エービンゲン
[没]1988.3.9. テュービンゲン
西ドイツの政治家。ベルリン大学卒業後,弁護士を開業。 1933年ナチス党に入党したが積極的な活動はせず,第2次世界大戦中は外務省の放送部門に勤務,戦後非ナチ化裁判で潔白となった。 49年キリスト教民主同盟の連邦議会議員に当選,58年バーデンウュルテンベルク州首相に就任するまで外交委員長などを歴任した。 62年連邦参議院議員。 66年 12月,L.エアハルト首相辞任後ドイツ社会民主党との大連合に成功して第3代首相。 67年5月キリスト教民主同盟党首。 69年9月の総選挙で敗北して下野。 71年 10月党首を辞任,名誉党首となった。

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デジタル大辞泉の解説

キージンガー(Kurt Georg Kiesinger)

[1904~1988]ドイツの政治家。1966年キリスト教民主同盟CDU)と社会民主党SPD)の「大連立」を実現させ自ら西ドイツ首相に就任。SPDのブラント副首相兼外相とともに東方外交を展開、東欧諸国と国交を開いた。1967年にはCDU党首に選出された。1969年首相を辞職。→ブラント

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

キージンガー
きーじんがー
Kurt Georg Kiesinger
(1904―1988)

ドイツの政治家。キリスト教民主同盟(CDU)所属。エビンゲン(バーデン・ウュルテンベルク州)生まれ。弁護士出身。1933年ナチスに入党し、戦時中は外務省放送課に籍を置き、宣伝省との連絡係をしていた。1949~1958年連邦議会議員、この間1954~1958年連邦議会外交委員会委員長。1958~1966年バーデン・ウュルテンベルク州首相、1966年にはキリスト教民主同盟と社会民主党(SPD)の「大連立」を実現して自ら連邦政府首相に就任、翌1967年にはキリスト教民主同盟党首に選出された。しかし1969年の総選挙後、社会民主党と自由民主党FDP)とが連立してW・ブラントを首相候補に選出したため、同年10月首相を辞職した。[深谷満雄]

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