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キーン キーンKean, Charles John

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

キーン
Kean, Charles John

[生]1811.1.18. アイルランドウォーターフォード
[没]1868.1.22. ロンドン
イギリスの俳優。名優 E.キーンの子。舞台のみならず,ロンドンのプリンセス劇場の経営にも乗出し,また歴史考証の正確さを期する演出にも手腕を発揮,マイニンゲン劇場に影響を与えた。

キーン
Kean, Edmund

[生]1789.3.17? ロンドン
[没]1833.5.15. サリー,リッチモンド
イギリスの俳優。公式の出生記録がなく,旅芸人の私生子ともいわれ,その謎に包まれた出生と自殺をはかったこともある不幸なおいたち,その後の数奇な生涯は,激烈な気性とともに,さまざまな伝説を生んだ。 1814年ドルアリー・レーン劇場のシャイロック演技により,一介の旅役者から一躍名声を確立。好敵手であった名優 J.ケンブルの典雅,繊細さには欠けるが,迫力と情熱にあふれた個性的な演技で観客を魅了した。オセロイアーゴーマクベスリチャード3世など,強烈な性格描写を得意とし,H.アービング,D.ガリックとともに,イギリス三大悲劇俳優と称された。 J.-P.サルトルの戯曲『キーン』 (1953) は,彼の生活を題材にしたもの。

キーン
Kean, Ellen

[生]1805.12. アイルランド
[没]1880.8.20. ロンドン
イギリスの女優。旧姓 Tree。『十二夜』のオリビア,『ロミオとジュリエット』など,シェークスピアの作品に出演した。 1842年 C.J.キーンと結婚し,多くの舞台で共演。

キーン
Keen, William Williams

[生]1837.1.19. フィラデルフィア
[没]1932.6.7. フィラデルフィア
アメリカの脳外科の先駆者。 1866年,母校ジェファーソン医科大学の病理学講師となり,次いで外科教授 (1889~1907) 。 88年に脳腫瘍 (髄膜腫) の除去,89年に脳室の切開に成功,直線的開頭術を開発して,キーン式手術と呼ばれた。 99年にアメリカ外科医師会,1900年にアメリカ医師会の会長になった。

キーン
Keene, Charles Samuel

[生]1823.8.10. ホーンジー
[没]1891.1.4. ロンドン
イギリスの画家,風刺漫画家。初期には木版画家として『ロビンソン・クルーソー』の挿絵を制作。 1851年から週刊『パンチ』誌にカリカチュアを発表,9年間休まず続けられた。彼の風刺画はデリケートで控え目であり,インク濃淡階調によって描くモノクロームの絵画も独特のもの。本の版画挿絵も多く手がけ,また水彩画も描いているが,素描画が最も重要であり油彩画の作例は少い。

キーン
Keene, Laura

[生]1820頃.ロンドン
[没]1873.11.4. ニュージャージー,モントクレア
イギリスの女優でアメリカ最初の女性劇場経営者。本名は Mary Moss。マダム・ベストリスの弟子であったが,アメリカの劇場主 J.W.ウォラックに見出され,1851年にアメリカに渡った。ニューヨーク,ボルティモアサンフランシスコオーストラリアなどの劇場の経営をしたのち,55年再びニューヨークに戻り,自身の劇場を開設。また女優としてはイギリスの古典喜劇の貴婦人役や,メロドラマの哀愁に満ちた女主人公を得意とした。

キーン
Keene

アメリカ合衆国,ニューハンプシャー州南西部,アシュウィロット川に沿う都市。 1733年現在地の上流に入植したが,インディアンと対立し,53年現地点に移転。モナドノック地方の商業の中心で,光学器具,家具,繊維など種々の工業が立地。ウインタースポーツ中心地としてもにぎわう。人口2万 2430 (1990) 。

キーン
Keene, Donald

[生]1922.6.18. ニューヨーク
アメリカの日本文学研究家。コロンビア大学でフランス文学,東洋文学を専攻し,太平洋戦争が始ると海軍の日本語学校に入り,情報部門の軍務につく。戦後,ハーバード大学,コロンビア大学の大学院で本格的に日本文学の研究に取組む。 1948年からケンブリッジ大学に招かれ教鞭をとるとともに,『日本人の西洋発見』 (1952) ,『日本の文学』 (52) ,『日本文学選集』 (55) などを著わし,日本文学に対する国際的評価を高めた。現在は,コロンビア大学で教授をつとめるかたわら,半年は日本で暮らす二重生活をおくる。『万葉集』,『源氏物語』,近松門左衛門から,谷崎潤一郎,太宰治,三島由紀夫などの現代作家まで,また謡曲,詩歌,日記と,あらゆるジャンルに精通している。ライフワークとなった『日本文学の歴史』 18巻 (94) をはじめ,『日本の作家』 (72) ,『百代の過客──日記に見る日本人』 (84) など著書・翻訳書は多数。日本語で書きおろし,日本語での講演もよくする。

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デジタル大辞泉の解説

キーン(Donald Lawrence Keene)

[1922~ ]日本文学研究者。米国の生まれ。古典から近代文学に及ぶ、日本文学の研究・翻訳に尽力。特に、海外への日本文学紹介に大きな業績を残した。平成24年(2012)に日本国籍を取得。通称「鬼怒鳴門(キーンドナルド)」。著作に「百代(はくたい)の過客(かかく)」「日本文学の歴史」など。平成20年(2008)文化勲章受章。

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百科事典マイペディアの解説

キーン

米国の日本文学研究家。ニューヨーク生れ。コロンビア大学,ハーバード大学,京都大学などで学んだ。《万葉集》から現代文学までの幅広い研究で評価され,翻訳も数多く,日本文学の国際的な評価を高めるのに貢献した。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

キーン Keene, Donald

1922- アメリカの日本文学研究者。
1922年6月18日生まれ。第二次大戦中アメリカ海軍の日本語学校でまなぶ。京大留学などをへて1960年コロンビア大教授。日本に長期滞在し,古典から現代文学におよぶ日本文学の海外への翻訳,紹介につくす。昭和37年菊池寛賞。60年「百代の過客(かかく)」で読売文学賞,日本文学大賞。平成14年文化功労者。20年文化勲章。東日本大震災を機に日本永住を決め,24年日本国籍を取得。25年現代俳句大賞。ニューヨーク市出身。コロンビア大卒。日本名はキーン ドナルド,雅号に鬼怒鳴門。著作に「日本人の美意識」「日本文学の歴史」など。

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デジタル大辞泉プラスの解説

キーン

1922年製作のフランス映画。原題《Kean》。監督:アレクサンドル・ボルコフ。

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世界大百科事典 第2版の解説

キーン【Edmund Kean】

1787‐1833
イギリスの俳優。1814年ドルーリー・レーン劇場で《ベニスの商人》のシャイロックを,それまでのように滑稽な敵役でなく,異常な悪人として演じ,評判をとる。激情の爆発的表現にたけたロマン派好みの俳優で,バイロンやコールリジらは彼の賛美者であった。リチャード3世,マクベス,《オセロー》のイアーゴーなど,シェークスピア悲劇の悪人役が得意だったが,ハムレットのように高貴さの要る役や喜劇の役は不得手だった。孤児として育ち,旅役者の一座に加わって苦労したが,成人した後は飲酒癖や奇行で知られ,世間の非難を浴びた。

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