コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

グラーフ グラーフ Graaf, Reinier de

10件 の用語解説(グラーフの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

グラーフ
グラーフ
Graaf, Reinier de

[生]1641.7.30. スホーンホーベン
[没]1673.8.17. デルフト
オランダの医師,解剖学者。ユトレヒトライデン両大学で医学を学び,膵液に関する研究 (1664) が認められ,1665年フランスのアンジェル大学から医者の資格を得る。 67年よりデルフトで医師を開業しつつ,消化器と生殖器の解剖学を研究。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

グラーフ
グラーフ
Graf, Arturo

[生]1848. アテネ
[没]1913. トリノ
イタリアの詩人,評論家。レオパルディの影響を強く受け,厭世的な詩を発表したが,晩年に改宗した。主著『日没ののち』 Dópo il tramonto (1893) 。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

グラーフ
グラーフ
Graf, Oskar Maria

[生]1894.7.22. ベルクアムシュタルンベルガージー
[没]1967.6.28. ニューヨーク
ドイツの小説家。家業のパン屋を継いだが,ミュンヘンに出て清掃夫,郵便配達など多くの職業に従事,1917年以後詩作を始め,小説にも筆を染めた。バイエルン郷土色豊かな農民小説で知られる。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

グラーフ
グラーフ
Graf, Urs

[生]1485頃.ゾロツルン
[没]1526. バーゼル
スイスの画家,版画家,金工家。ストラスブールチューリヒ,バーゼルで制作。北イタリアでの戦闘に傭兵として参加した。彼は A.デューラーの版画の影響を受け,銅版画では主として宗教的題材のもの,木版では風景画や風俗画を描いた。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

グラーフ
グラーフ
Graf; comte; count

中世初期のフランク王国で,王が地方の裁判,行政の統轄者として任命した役人。ラテン語コメス comes。その管区をグラーフシャフト (ラテン語でコミタツス comitatus) と呼ぶ。広範な軍事上の権限と裁判権をもつ。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

グラーフ

爵位の一つ。ドイツ語。ふつう伯爵と訳す。もとフランク王国地方行政官の呼称であり,やがて上級貴族の称号,爵位として,神聖ローマ帝国ドイツ帝国その他で用いられた。
→関連項目カール[大帝]フライヘル辺境伯

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

グラーフ【Graf[ドイツ]】

フランク王国のもっとも重要な地方官。ラテン語ではコメスcomes。その管轄領域がグラーフシャフトGrafschaft(コミタートゥスcomitatus)である。ふつう伯と訳される。フランクグラーフ制度の起源はローマ末期のコメス・キウィタティスに求められる。これは都市(キウィタス)の防衛を任務とする軍隊指揮官であったが,民族大移動の混乱期に,ローマの地方行政組織である属州制度が崩壊した結果,行政的・司法的機能をも兼ねるようになった。

グラーフ【Oskar Maria Graf】

1894‐1967
ドイツの詩人,小説家。バイエルンの生れ。父の早逝後パン職人となる。現状脱出を願い,発明家や詩人に憧れて家出,L.トルストイクロポトキンの影響を受け,ミュンヘンでボヘミアン生活を送り,このころアナーキストのミューザムErich Mühsamらを知った。第1次大戦中は一兵士として反戦姿勢を貫き,罹病除隊。1918年バイエルン革命に参加し,反革命後逮捕,リルケらの尽力により釈放された。表現主義詩集《革命家たち》(1918)によって認められ,戦後は労働者演劇ルポルタージュ文学にも進み,郷土文学《バイエルンのデカメロン》(1928)で文名を高めた。

グラーフ【Regnier(Reinier) de Graaf】

1641‐73
オランダの医師,解剖学者。1660年代,ライデン大学ではF.シルビウスホールネJ.van Horne(1621‐70)らの下で動物の生体解剖に基づく生理学実験がさかんに行われており,グラーフは,J.スワンメルダムN.ステノらとともにこれに参加。《膵液の性質と利用に関する医学研究》(1664)では消化液研究の新しいテクニックを開発,紹介した。また《雌性生殖器研究》(1672)ではグラーフ濾胞Graafien follicleを卵細胞と誤認して紹介,卵原説,精原説論争に物的根拠を提供した。

グラーフ【Urs Graf】

1485ころ‐1527か28
スイスの画家,版画家。ゾロトゥルンに生まれ,バーゼルをおもな活動の舞台としたが,画家としてだけでなく,自ら傭兵としてローマや北イタリアにもおもむいた。油絵は《戦争》1点が現存するにすぎないが,傭兵としての体験にもとづくデッサンや木版画が相当数残る。劇的な動きと,ときにグロテスクなまでに誇張された表情やしぐさを示すこれらの作品は,表現主義的な力強さを見せる。また当時の動乱の時代を伝える記録的な価値も少なくない

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内のグラーフの言及

【フランク王国】より


[行政組織]
 ここでも南北ガリアは対照的である。フランク王国の行政組織の根幹は,伯(グラーフ)制度であるが,南部ではキウィタス制度が存続していたので,フランク王国の代官としての伯(南部ではコメスと呼ばれ,多く在地のセナトル貴族層が任命された)が,キウィタスの行政,司法,軍事の大幅な権限をゆだねられたが,市民の自治組織も機能しつづけた。7世紀末以降,伯制度は崩れ,コメスは消滅するが,存続した場合にも都市司教の支配下に入るようになって,王権に対しキウィタスの独立性が強化された。…

【辺境伯】より

…フランク帝国および神聖ローマ帝国の重要な地方高官マルクグラーフの訳語。主として辺境防衛の任にあたる。…

【封建制度】より

…ところで,この領主権力は完全に自然発生的な独立の権力であり,それら相互の間にはさしあたりはなんらの秩序も存在せず,この状態をそのまま放置すれば社会は無政府状態に陥らざるをえない。のみならず,元来は国王の役人であったグラーフその他もやがて領主化し,国王に対して独立していった。カロリング朝が封建政策(レーン政策)を積極的に推進し,独立的な領主たちの間に封建主従関係を設定することによって,ともかくなんらかの権力秩序をつくり出すことに努めたのはそのためである。…

【消化】より

…F.シルビウスは唾液の役割に注目し,また化学の目で消化を見ることを強調した。その門からでたR.deグラーフは,膵液の意義を論じた(1664)。ブルンナーJohann Conrad Brunner(1653‐1727)はイヌの膵臓摘出実験を行い(1682),また十二指腸腺を発見した(1687)。…

※「グラーフ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

グラーフの関連キーワードバイエルプリーンETAホフマンワルハラ神殿南ドイツ新聞バイエルン国立管弦楽団バイエルン放送交響楽団バイエルン国立バレエ団バイエルン州立バレエ団メリナイト

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone

グラーフの関連情報