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ケレタロ Querétaro

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ケレタロ
Querétaro

メキシコ中部,ケレタロ州の州都。メキシコシティーの北西約 180km,メキシコ高原南部にあり,ラスカンパナス丘陵の東麓,標高約 1860mの地に位置する。インディオのオトミ族が建設した町であるが,1446年アステカ族の支配下に入り,1531年スペインに征服されるまで,北方の好戦的諸部族に対する前哨基地であった。植民地時代はグアナフアトサカテカスの二大鉱業地区に対する連絡,補給基地として発展。 1810年市で企てられたスペインに対する反逆計画が引き金となって,同 1810年9月 M.イダルゴ・イ・コスティリャの指導下にメキシコ独立戦争が開始された。またアメリカ=メキシコ戦争を終結したグアダルペイダルゴ条約の調印 (1848) ,フランスの傀儡皇帝マクシミリアンの B.フアレス軍による敗北 (1867) ,1917年憲法の起草,公布,国民革命党の結成 (1929) など多くの歴史的事件が起こった地としても知られる。現在周辺の農業地帯の中心地として農産物を集散,加工する。特に綿織物の生産が盛んで,メキシコで最古のものの一つであり,かつ最大規模の綿織物工場がある。鉄鋼業もあり,オパールを産する。典型的なスペイン植民地風の都市で,植民地様式の聖堂や,高さ約 15m,長さ約 8kmの水道橋 (1726~38) などが残る旧市街は,1996年世界遺産の文化遺産に登録。ケレタロ自治大学 (1965) 所在地。メキシコシティーと幹線道路,鉄道で連絡。人口 45万 4049 (1990推計) 。

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世界大百科事典 第2版の解説

ケレタロ【Querétaro】

メキシコ中央部,同名州の州都。人口38万5503(1990)。標高1853m。メキシコ市の北西309km,ケレタロ川流域平野の集約的野菜・酪農地域の中核都市。郊外に工場団地が造成され,食品加工をはじめ各種近代工業が発達。オトミ族が建設した町で,植民地時代にはグアナフアトやサカテカスの銀山への補給基地であった。1810年のイダルゴの独立計画策定,48年米墨(アメリカ・メキシコ)戦争の講和条約調印,67年マクシミリアン皇帝の処刑,1917年の憲法作成など,メキシコ史の重要な舞台となった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ケレタロ
けれたろ
Quertaro

メキシコ中央高原にある都市。ケレタロ州の州都。レルマ川上流の標高1821メートルに位置する。人口53万6463(2000)。鉱山町で、銀、銅、オパールを産出する。この町で、1810年にメキシコ独立の密計が企てられ、1867年には、ナポレオン3世によってメキシコ皇帝に選ばれた、オーストリアのハプスブルク家のマクシミリアンが銃殺され、1917年には憲法が起草されるなど、たびたびメキシコ史の舞台となった。皇帝が銃殺された「悲しみの丘」には廟(びょう)があり、この背後の丘に憲法を手にしたベニト・フアレス元大統領の巨像が立っている。サン・フランシスコ教会、サンタ・クララ教会のほか、8キロメートルにわたる植民地時代の水道橋も残っている。なお、1996年には歴史史跡地区が、2003年にはシエラ・ゴルダ地区のフランシスコ修道会伝道施設群が、それぞれ世界遺産の文化遺産として登録されている(世界文化遺産)。[高木秀樹]

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