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コンラート Conrad, Johannes

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

コンラート
Conrad, Johannes

[生]1839
[没]1915
ドイツの新歴史学派の経済学者。ベルリン大学で自然科学,イェナ大学で国家学を学ぶ。イタリア,イギリス,フランスなどを研究旅行したのちハレ大学教授となり,G.シュモラーを助けて新歴史学派の発展に尽力。主著であり,この学派の代表的教科書『国民経済学研究綱要』 Grundriss zum Studium der Nationalökonomie (4巻,1896~1910) を著わしたほか,『経済学・統計学年鑑』 Jahrbücher für Nationalökonomie und Statistik (1862創刊,B.ヒルデブラントと共同編集) や『国家学事典』 Handwörterbuch der Staatswissenschaften (6巻,90~96) の編集にあたった。

コンラート
Konrad, Nikolai Iosifovich

[生]1891.3.13. リガ
[没]1970.9.30. モスクワ
ソ連の東洋学者。特に日本と中国についての専門家。『日本標準語構文論』 Sintaksis yaponskogo natsional'nogo literaturnogo yazyka (1937) などの著書がある。

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世界大百科事典 第2版の解説

コンラート【Klaus Conrad】

1905‐61
ドイツの精神医学者。第2次大戦前は,癲癇(てんかん)の遺伝,双子研究,体質論などに従事したが,ライピチヒ学派に拠って〈形態分析Gestaltanalyse〉を発展させ,失語など脳病理学の分野で業績をあげた。やがて同じ方法を精神分裂病の妄想現象に適用し,1958年に主著《初期分裂病》を刊行して,ユニークな方向を開くとみえたが,3年後にゲッティンゲン大学教授の現職のまま他界した。【宮本 忠雄】

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世界大百科事典内のコンラートの言及

【ハルトマン】より

…彼は押韻には方言形を避け,中世高地ドイツ語の詩人の言語の発達に寄与した。彼はゴットフリートをはじめ,ルドルフRudolf von Ems(1200ころ‐52ころ),コンラートKonrad von Würzburg(1220‐87)など同時代および後代の詩人たちに大きな影響を与えた。現代文学では《グレゴリウス》を素材としたT.マンの《選ばれし人》(1951)がある。…

【体型】より

…さらに彼は,精神病の正常への移行系列である循環気質,分裂気質,粘着気質とそれぞれの体型とが密接な相関を示すことを明らかにした。K.コンラートは体質型を成長傾向の表現としてとらえ,(1)細長形態,(2)肥満形態,(3)標準形態,(4)発育不良型,(5)発育亢進型,(6)形成不全型,(7)形態不全型に分け,両極性に基づく新しい類型図式を完成した。シェルドンは,発生学的根拠から体格の基本成分を胎生期における胚葉の分化に結びつけ,(1)内胚葉型(内臓型),(2)中胚葉型(身体型),(3)外胚葉型(頭脳型)に分類した。…

※「コンラート」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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