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サンテール Santerre, Antoine-Joseph

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

サンテール
Santerre, Antoine-Joseph

[生]1752.3.16. パリ
[没]1809.2.6. パリ
フランス革命期のジロンド派の軍人。パリの城外区サンタントアーヌにビール醸造所を建て,住民に人望があり「町のおじさん」と呼ばれた。 1789年以来革命に参加。 92年8月 10日の革命以降,蜂起コミューンによりパリ国民軍司令官に任命され,捕囚の王家の警備にあたった。 93年バンデーの反乱鎮圧を命じられたが,革命政府に疑惑をもたれて逮捕され,94年釈放後引退した。

サンテール
Santer, Jacques

[生]1937.5.18. バッサビリッヒ
ルクセンブルクの政治家。首相(在任 1984~95)。ヨーロッパ委員会委員長(在任 1995~99)。フランスのストラスブール大学とパリ大学で法学を学び,1960年パリ大学で学位を取得。法曹界に入ってまもなく政界に進出し,1966~72年キリスト教社会党の国会担当書記,1972~74年書記長,1974~82年党首を務めた。1975~79年ヨーロッパ議会議員。1984年ルクセンブルク首相となり,1989年と 1994年に再選された。首相を 3期務める間に金融,通信,財政,文化の担当大臣も兼任した。ヨーロッパ連合理事会でルクセンブルクが 6ヵ月の輪番制の理事長職にあった 1985年と 1991年には,サンテール主導のもと,単一経済市場とマーストリヒト条約に関する合意がととのった。1994年7月,ヨーロッパ連合 EUの行政執行機関であるヨーロッパ委員会の次期委員長に指名された。任期中は一部の中央・東ヨーロッパ諸国との EU加盟交渉をとりしきり,また,単一通貨ユーロの導入も見守った。しかしヨーロッパ議会から,ヨーロッパ委員会の不正行為と不適切な運営を糾弾され,1999年3月ヨーロッパ委員会は総辞職した。その後ヨーロッパ議会に復帰して 2004年まで議員を務めた。

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367日誕生日大事典の解説

サンテール

生年月日:1752年3月16日
フランスの革命家,軍人
1809年没

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