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シュペングラー シュペングラー Spengler, Oswald

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

シュペングラー
シュペングラー
Spengler, Oswald

[生]1880.5.29. ハルツ,ブランケンブルク
[没]1936.2.12. ミュンヘン
ドイツの哲学者,文化哲学者。ミュンヘン,ベルリン,ハレの各大学で数学,自然科学,哲学,歴史,芸術を学んだ。 1904年ハレ大学ヘラクレイトスの論文により学位を取得,以後,ハンブルクそのほかの地で高校の数学教師をつとめたのち,11年退職,ミュンヘンに移り,著述生活に入った。

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デジタル大辞泉の解説

シュペングラー(Oswald Spengler)

[1880~1936]ドイツの哲学者。形態学方法論を世界史に応用し、歴史上の諸文化の有機体的生成・没落を説いた。主著「西洋の没落」は、第一次大戦後の危機意識に符合し、大きな反響を呼んだ。

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百科事典マイペディアの解説

シュペングラー

ドイツの歴史哲学者,政論家。主著《西洋の没落》(2巻。1918年,1922年)において従来のヨーロッパ中心主義的・合理主義的・進歩主義的歴史観を根底からくつがえす有機体的文化史観を展開,思想界に衝撃的影響を及ぼした。

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世界大百科事典 第2版の解説

シュペングラー【Oswald Spengler】

1880‐1936
ドイツの歴史哲学者,政論家。ヨーロッパ文化の没落を予言する歴史哲学的考察の大著《西洋の没落》2巻(1918,22)が第1次世界大戦後のドイツで驚異的なベストセラーになったことで一躍文名をはせ,1919年にはニーチェアルヒーフ賞を受けた。それまでの彼は,高等学校教師の経験をもつ無名の一民間学者でしかなかったが,これ以後は新時代のドイツの哲学者,政論家として健筆を振るった。〈文明〉期の哲学者たることを自認する彼の得意の領域の一つは政治論であったが,《プロイセン主義と社会主義》(1920)に示された議会制民主主義の否定,プロイセン的社会主義の主張は,ナチズムに先駆するワイマール期の数多くの右翼的論説にまぎれて,さほどの反響を呼びえなかった。

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大辞林 第三版の解説

シュペングラー【Oswald Spengler】

1880~1936) ドイツの文化哲学者。著「西洋の没落」において、世界史に登場した諸文化を有機体として形態学的にとらえ、文化周期の観点から、西洋文明の没落を断定した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

シュペングラー
しゅぺんぐらー
Oswald Spengler
(1880―1936)

ドイツの文化哲学者、歴史家、政治評論家。ブランケンブルクに生まれ、ハレ、ミュンヘン、ベルリンなど諸大学に学ぶ。数学と自然科学が主要な研究科目であったが、哲学にも強くひかれ、学位論文はヘラクレイトスに関するものであった。その後ハンブルクなどで高校の教職につき、1911年にミュンヘンに居を移し文筆生活に入る。そして、ある雄大な作品の構想が第二次モロッコ事件を契機に彼をとらえる。それが、数年の思索と推敲(すいこう)ののち、1918年に第1巻が刊行された『西洋の没落』(第2巻1922年刊)にほかならない。世界史を形態学という有機体的な方法によって概観し、西欧文化の没落を予言した本書は第一次世界大戦後のドイツで大ベストセラーとなり、大きな波紋をよんだ。混乱と再建の渦巻く敗戦後のドイツの過酷な政治状況のなかで、政治評論家としてその思想的立場を実現しようと求めたが、ナチズムの台頭によって挫折(ざせつ)する。つとにナチズムに反対しながらも、それに近接する立場をとったために起こった悲劇であった。ゲーテとニーチェを師と仰ぎながら、ディルタイの流れをくむ「生の哲学」のうちにとどまりえなかったのも、政治こそ生の核心であるとしたその志のためであろう。歴史においても「力への意志」の勝利が問題であった。だが、文明は文化の不可避的な運命だと考える没落史観を背景に置きながらも、文化と文明の比較研究というパラダイムはトインビーなどに受け継がれ、今後の世界史探究の源泉の一つであり続けよう。[神川正彦]
『村松正俊訳『西洋の没落』全2巻(2007・五月書房) ▽H・コルンハルト編、八田恭昌訳『運命・歴史・政治』(1960・理想社) ▽S・ヒューズ著、川上源太郎訳『二十世紀の運命――シュペングラーの思想』(潮新書)』

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世界大百科事典内のシュペングラーの言及

【形態学】より

…【田隅 本生】
[文化の形態学]
 生物学の一分野としての形態学の方法を文化の場面にも適用したところにいわゆる文化形態学が成立する。たとえば第1次大戦後のドイツでベストセラーとなったシュペングラーの《西洋の没落》2巻(1918‐22)には〈世界史の形態学の素描〉の副題がそえられているが,その実質的内容は明らかに高度文化の比較形態学であり,シュペングラー自身その方法はゲーテに学んだことを告白している。ここでは,文化とは自然界における動植物と同じく歴史の世界における有機体としてとらえられる。…

【西洋の没落】より

…ドイツの哲学者シュペングラーの代表作で,第1次世界大戦後の大ベストセラー。第1巻《形態と現実》(1918),第2巻《世界史的展望》(1922)。…

【ローマ没落史観】より

…これらは文化没落説の再評価ではあるが,〈没落〉の諸現象とされたものを帝国の内的変容としてとらえたうえでの再評価である点は重要である。また20世紀のヨーロッパ学界が生んだ没落史観として,シュペングラーの《西洋の没落》や,トインビーの《歴史の研究》における文明形態論的没落史観も看過できない。最後に,ビザンティン史家ベインズN.H.Baynesが提起した〈西の帝国が滅び,東の帝国が存続したのはなぜか〉という問題は,すべての没落史観が答えねばならない重要な問題であろう。…

【ワイマール文化】より


[思潮]
 ワイマール時代の思想的営為は,危機意識をその特徴としている。それはまずシュペングラーの《西洋の没落》2巻(1918,1922)という終末論的ビジョンによって始まった。それは理論的欠陥にもかかわらず,人々の感情の現実と一致したためすさまじい成功を収めた。…

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