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ジッグラト ジッグラトZiggrat

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ジッグラト
Ziggrat

古代メソポタミア,エラムの都市の神殿にある山形の聖塔。高い峰を意味する。階段状のピラミッドが多く,段庭のあるものと,頂上まで螺旋状の階段の続いているものとがある。これはカルデア,バビロニア,アッシリアを通じて存在し,現在ウル,アカル・クフをはじめ三十数ヵ所のジッグラトが発見されている。『創世記』 11章の「バベルの塔」はバビロンにあったジッグラトを描いたもの。

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百科事典マイペディアの解説

ジッグラト

シュメールに起源し,前3千年紀以降,メソポタミアやエラムの古代諸都市に築かれた方形のプランをもつ数層の塔。神にささげられた聖塔で,塔上に神殿がある。遺跡は,メソポタミア地方に20余ヵ所発見されており,旧約聖書の《創世記》ではバビロンのジッグラトを〈バベルの塔〉として伝えている。
→関連項目ウルク文化キシュ祭壇シュメールニップールマリ(遺跡)

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世界大百科事典 第2版の解説

ジッグラト【ziggurat】

シュメールで始まり,その後周辺地域に広がった,頂部に神殿をもつ重層基壇の聖塔(イラスト)。3~7層をもつ。〈神殿塔〉を意味するアッカド語の音訳に由来し,またジクラットとも呼ぶ。建物の芯となる部分を日乾煉瓦で築き,表面はビチューメン(瀝青)を使って焼成煉瓦を積み上げ,彩釉煉瓦や石で整えたものが多い。階段が頂上に通じる。メソポタミア文明に特有の象徴的な建造物であるので,その起源や性格については,資料不足に加えて,文明の性格をどのように把握するかにかかわる問題でもあるために,定説が生まれにくい状況である。

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大辞林 第三版の解説

ジッグラト【ziggurat】

古代メソポタミアの宗教構築物。階段状ピラミッド形で、最上階に主神殿が設けられている。ウルの聖塔は代表例。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ジッグラト
じっぐらと
ziggurat

メソポタミアおよびエラム(イラン西部)の古代都市に設けられた階層状の聖塔で、神殿に付属する。ジッグラトの定義や成立時期に関しては諸説あるが、原型はエリドゥ層以降の神殿、ウルクの「アヌのジッグラト」、あるいはハファジェの「楕円(だえん)神殿」など、紀元前三千年紀前半以前の基壇を有する神殿に求められ、ウル第3王朝の樹立者であるウルナンムのジッグラトにおいてほぼ基本的な形が整うと考えられる。ウルナンムはウル、ウルク、ニップール、エリドゥにジッグラトを建造するが、このうち著名なウルのジッグラトは、3層の基壇頂部に主神ナンナに捧(ささ)げられた神殿を頂き、正面と両側面に階段をもつ構造である。このような形のものは、カッシート時代(前二千年紀後半)のドゥル・クリガルズにもみられるが、ここでは基壇上の神殿と同じ神を祀(まつ)る麓(ふもと)の神殿が建てられている。これは神の居所=高所の神殿と、人間の礼拝のための場所=低所の神殿という宗教概念の確立を示しており、その後のジッグラトの様式に大きな影響を及ぼした。アッシリア時代(前1365~前609)、北メソポタミアの各都市に造営されたジッグラトには、階段のかわりに傾斜路がつけられた。六つの神殿に付属するコルサバードのジッグラトは4層のみ現存するが、当時は7層であり、それぞれに彩色がなされていたという。「バベルの塔」として有名なバビロンのジッグラトは新バビロニア時代(前625~前538)に属する。階段と傾斜路によって主神マルドゥクの神殿へと達する形式であるが、これにも彩色が施されていたとする記録が残っている。このほか、エラムでもチョガ・ザンビルで前13世紀に5層の基壇をもつインシュシナク神のジッグラトが建造されている。このようなジッグラトの築造に際しては、芯(しん)に日干しれんがを、仕上げ積みには焼成れんがを用い、瀝青(れきせい)などをモルタルとして使用した。また、表面の彩色は彩釉(さいゆう)れんがによって行われた。
 ところでジッグラトは、メソポタミアにおける「山」の概念と結び付き、古代の宗教観、宇宙観の復原においても重要な役割を果たしてきた。とくにその名称からの考察は、考古学的資料に加えて多くの示唆を与えるもので、バビロンのジッグラトの名称エ・テメン・アン・キ-temen-an-ki(天と地の礎(いしずえ)の家)はその一例である。なお、シュメール語でジッグラトを表す語はエ・ウ・ニル-u6-nir(驚きの家)で、グデアの碑文に登場するエ・パ・エ・ウブ・イミン・ナ-pa--ub-imin-na(ジッグラト、すなわち7地方の神殿)も7層のジッグラトを想起させる呼称である。[山崎やよい]

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世界大百科事典内のジッグラトの言及

【アッシリア美術】より

…アッシュールに城塞が営まれ,神殿も建設されたことが発掘の結果認められ,またマリ出土の彫像によく似たスタイルを持つ人物彫刻や,円筒印章などがわずかに発見されている程度である。中期アッシリア時代(前1千年紀初めまで)には,アッシュールにいくつかの神殿,ジッグラト,宮殿などが造営された。トゥクルティニヌルタ1世Tukulti‐ninurta I(在位,前1244‐前1208)が建設し,あるいは再建したイシュタル神およびアッシュール神の神殿などが代表例としてあげられる。…

【階段】より

…とくに屋外の階段は,古くから神殿や聖域への導入路として,儀式性を演出するための不可欠の要素となっていた。古代エジプトやメソポタミア,古代メキシコなどでは,これが基壇と密接に結びつき,階段状ピラミッドやジッグラトのような,階段自体がそのまま記念的建造物となったようなものが見られる。古代ギリシアやローマにも外部階段の儀式的特質は受け継がれ,とくに神殿正面と階段とは切り離すことのできないものとなったが,屋外劇場の座席となったり,都市広場での演壇となるなど,しだいに都市空間の構成要素としての重要性も増してくる。…

【シュメール美術】より

… グティ人をメソポタミアから追い払ってウル第3王朝がシュメールの覇権を握った時代,すなわち新シュメール時代に,首都ウルは整備され,数多くの建築物が造営された。聖域テメノスTemenosにはジッグラトのほか,数多くの神殿が建設された。このジッグラトは3段の基壇を積み上げ,階段を巧みに配置し,最上段に神殿をもうけた壮大なもので,新シュメール時代の建築のもっとも優れた例といえよう。…

【神殿】より


[古代メソポタミア]
 古代メソポタミアでは,神殿の管理機構が都市国家の萌芽であると考えられており,歴史時代に入っても各都市の中央部は広大な主神の神殿で占められていた。有力な都市ではそこにジッグラトが建てられた。ジッグラトは日乾煉瓦造のテラスを積み重ねた階段状の構築物で,完成された形式をもつ現存最古の実例はウルにあり,底面約62m×43m,高さ約20mの3層の塔であった。…

【塔】より

…塔は防御のために軍事的目的でつくられる一方で,早くから宗教的な意味を担うことになる。すなわち,メソポタミアのジッグラトは階段状の基壇の上に建ち,何段ものテラスを階段や斜路がつなぎ,最上段には祭壇あるいは神殿をそなえるものである。それは史上最古のモニュメンタルな塔であった。…

【比例】より

…またエジプトなどでは,建築の配置や立面の決定にあたって,こうした数値を基にした〈基準格子〉が用いられていたことも知られている。宇宙観とのさらに直接的なかかわり方としては,ピラミッド斜面の角度が星の位置との関係で定められたとか,ジッグラトの階段高さが,ある惑星の見かけの往復運動を象徴しているといった例も見られる。 これら抽象的・象徴的比例観に対し,古代ギリシア人は比例を形態美の源泉とみなし,生物的形態,とりわけ人体が,もっともよく宇宙的調和を体現した比例をもつものとして,それを建築にあてはめた。…

※「ジッグラト」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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