ドイツの小説家。本名リヒターJohann Paul Friedrich Richter。バイエルン北部の小さな町ウンジーデルに生まれ,父(教師,のち牧師)の死後ライプチヒ大学で神学を学ぶが,貧窮のため学業の継続を断念,故郷近くにもどり家庭教師などをして生計を立てる。その間1783年に風刺的スケッチ集《グリーンランドの訴訟》を匿名で出版,作家を志す。以後,ほとんどが伝記的な形をとった長編小説を書くが,伝記的とはいえ,仮死,仮面,ドッペルゲンガー(もう一人の自分)といったモティーフが一貫してあらわれ,牧歌的な描写,こっけいなできごと,グロテスクな場面,幻想的な夢三昧などが交代し,それが語り手のコメントによって頻繁に中断される。そのコメントは,しんらつな風刺をはらみながら脱線に脱線をかさね,また,ジャン・パウルもしくはJ.P.F.リヒターなる人物が,編者,語り手,あるいは登場人物として,二重三重に現れる。その根底にあるのは,個人のアイデンティティの喪失,人間存在のはかなさ,死してなお救いはないという彼自身の死のビジョン体験,そしてそれを克服する試みとしてのフモール(ユーモア)である。語り口に関してはイギリスの作家ロレンス・スターンから大きな影響を受けた。生存中の一時期,上流婦人たちの間で非常な人気を博したこともあったが,ゲーテ,シラーとは相入れず,20世紀になってようやく高い評価を得た。主要作品は,《見えないロッジ》(1793),《宵の明星》(1795),《貧民弁護士ジーベンケースの結婚生活と死と婚礼》(1796-97),《巨人Titan》(1800-03),《生意気ざかり》(1804-05),《彗星》(1820-22,未完)などのほか,《見えないロッジ》の付録として発表された短編《マリア・ウッツ先生の生涯》(1791執筆)があり,さらに,大部の《美学入門》(1804),《レバーナもしくは教育論》(1807)がある。なおマーラーの第一交響曲《巨人》の名は彼の小説に由来する。
執筆者:渡辺 健
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ドイツの小説家。本名ヨーハン・パウル・フリードリヒ・リヒター。バイロイト侯国の僻村(へきそん)に牧師の長男として生まれる。ライプツィヒ大学神学部中退。該博な知識に裏づけられた機知と奔放な想像力の織り成すメタファーに富んだ、長大な構文を特徴とする。初期の風刺文から中期以降の小説へ移行する過程で、自ら「ロマン的ユーモア」と名づける文学理念を確立し、後進的なドイツの現実を超越的な理想や夢に対比させつつ表現するという、他に類をみない独特な文学作品をつくりあげた。ホフマン、ケラー、シュティフター、ラーベなどの作家に大きな影響を与えている。
主要な作品には、長編小説に『見えないロッジ』(1793)、『ヘスペルス』(1795)、『第五学級の教師フィクスライン』(1796)、『貧民弁護士ジーベンケース』(1796)、『巨人』(1800~03)、『生意気ざかり』(1804~05)、中・短編に『ブーツ先生の生涯』(1793)、『医師カッツェンベルガーの温泉旅行』(1808)、理論的著作に文学論の集大成『美学入門』(1804)と教育論『レバーナ』(1807)がある。
[池田信雄]
『古見日嘉訳『巨人』(1978・国書刊行会)』▽『鈴木武樹訳『ジャン・パウル文学全集』第1期1、2、6、7巻(1974~78・創土社)』
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