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ジュコフスキー じゅこふすきーВасилий Андреевич ЖуковскийVasiliy Andreevich Zhukovskiy

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ジュコフスキー(Vasiliy Andreevich Zhukovskiy)
じゅこふすきー
Василий Андреевич Жуковский Vasiliy Andreevich Zhukovskiy
(1783―1852)

ロシア・ロマン主義の代表的詩人。ロシア連邦西部、トゥーラ県(現トゥーラ州)の地主貴族ブーニンの庶子(母はトルコの女捕虜)として生まれ、姓と父称は教父から受けた。モスクワ大学付属の貴族寄宿学校在学中からカラムジンを中心とする主情主義の影響のもとに詩作を始め、1802年、イギリスの詩人グレーの『墓畔の哀歌』(1751)の自由訳『村の墓地』によって一躍有名になった。この作品は、都市貴族の退廃に対比された村人の純朴さや道徳的健全さの、さらには農村の自然美の理想化というロシア主情主義の特徴をよく示しているが、ジュコフスキー自身は08年ごろから、オシアンや、ドイツのビュルガー、ティーク、ノバーリスらの影響で、ロマン的な異国趣味ないし怪奇趣味のうかがわれる作品を出すようになった。たとえば『リュドミーラ』(1808)、『スベトラーナ』(1808~12)などのバラッド。15年には古典主義に対抗する新傾向の文学サークル「アルザマス」の有力なメンバーになったが、デカブリストらの革命的運動には無縁であった。同年皇后の侍講、26年には後の皇帝アレクサンドル2世の傅育(ふいく)官となって詩壇から遠ざかったが、リベラルな宮廷人として、プーシキン、ゲルツェン、レールモントフ、シェフチェンコらをしばしば政治的窮境から救った。1841年、宮廷を退き、主としてドイツに住み、インドやペルシアの叙事詩、さらにはホメロスの『オデュッセイア』(1849)などの翻訳に力を注いだ。
 ジュコフスキーは流麗、甘美、柔軟な詩風をもって知られ、ロマン主義の詩人としてはとくにバラッドを得意とした。穏和なペシミズム、宗教的な諦念(ていねん)、来世や遠い過去に対する漠然たる憧(あこが)れが彼の詩の特徴的なモチーフである。ただし作品の大部分は同時代のイギリス、ドイツの詩の翻訳ないし翻案である。彼は純粋に内面的な感情の表白を叙情詩に試みた最初のロシア詩人で、この内面的傾向はとくにレールモントフによって受け継がれ、他方、変化に富んだ韻律や詩型の創始者としての影響は、自ら彼の弟子をもって任じたプーシキンをはじめ19世紀の詩人全体に及んでいる。[木村彰一]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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