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スキュデリー Scudéry, Georges de

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

スキュデリー
Scudéry, Georges de

[生]1601
[没]1667
フランスの詩人,劇作家。リシュリューの保護を受け,多数の詩や戯曲を発表したが,『ル・シッドにかんする意見』 Observation sur le Cid (1637) におけるコルネイユ攻撃で名高い。

スキュデリー
Scudéry, Madeleine de

[生]1607. ルアーブル
[没]1701.6.2. パリ
フランスの女流作家。 G.スキュデリーの妹。サロンの花形で,「鍵小説」 roman à clefと呼ばれる,社交界の著名な人物を暗示したモデル小説を残した。兄の名で出版した『グラン・シリュス』 Artamene ou le Grand Cyrus (10巻,1649~53) ,『クレリー』 Clélie (10巻,54~61) は,当時のベストセラーとなり,特に後者に挿入された「恋愛地図」は有名。

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百科事典マイペディアの解説

スキュデリー

フランスの女性作家。ル・アーブル生れ。パリに出て,ランブイエ侯夫人サロンの花形となり,のち自分のサロン〈土曜会〉を開く。小説《グラン・シリュス》10巻(1649年―1653年),愛を描いた《クレリー》などで知られる。

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世界大百科事典 第2版の解説

スキュデリー【Madeleine de Scudéry】

1607‐1701
フランスの女流作家。兄のジョルジュ(1601‐67)が文壇で活動した1640年ころ,パリの社交の中心ランブイエ館に出入りし,洗練された趣味を身につけた。その小説《グラン・シリュス》10巻(1649‐53),《クレリー》10巻(1654‐60)はベストセラーになった。筋立ては荒唐だが,登場人物は当時の社交界の人々,自分の友人などをモデルとした。そこで論ぜられる恋愛論は愛における心の結びつきを強調しており,貴族の若い女性たちの支持を受けた。

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世界大百科事典内のスキュデリーの言及

【サロン】より

…1629年に始まったコンラールValentin Conrart(1603‐75)のサロンは,ボアロベールやシャプランの集会所となり,アカデミー・フランセーズ誕生(1635)の母体となった。フロンドの乱(1648‐53)のころには政治サロンも開かれたが,以後はスキュデリー嬢のサロンを中心に,フランス語の洗練に主力が注がれた。それが行き過ぎ,あまりにも気取った表現が乱用されたので(このような気取りをプレシオジテpréciositéと呼ぶ),モリエールらの嘲笑を招く結果にもなった(《プレシューズ(才女気取り)》など)。…

※「スキュデリー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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