翻訳|Semitic
セム語ともいう。このセムという名称は,《創世記》10~11章で,ハム,ヤペテとともにノアの息子であるセムが,いわゆるアッシリア人,アラム人,ヘブライ人,アラビア人等の先祖とされていることから,これら諸民族の総称として1781年にドイツの学者A.L.vonシュレーツァーが採用したものである。それが語族名に転用され,上記諸民族の語った言語だけでなく,それらと同系と見られる言語をも含めることになった。セム語族のうち現在も話されているのはヘブライ語,アラム語,エチオピア語,アラビア語であるが,過去5000年以上にもわたって粘土板,石,金属,パピルス,獣皮,紙等さまざまの素材に書かれた豊富な資料,とくに世界三大宗教発祥の地にふさわしく,多くの宗教文書が残っている。
おおむね各言語最古の資料の発見された場所に従って,北東,北西,南の3語派に分類される。(1)北東セム語派 メソポタミア地方を中心に出土した前24~後1世紀の楔形(くさびがた)文字で刻まれた資料によって知られるアッカド語がこれに属する。(2)北西セム語派 古代から大国の間に挟まれて紛争の絶えないシリア・パレスティナ地方を中心舞台とするだけに,セム語族中最も複雑な分布を示し,系統的にも未解決の問題を含む。カナン語群とアラム語群に分けられ,前者の最古の資料は1974-75年シリアのテル・マルディフで発掘された大量の楔形文字板の一部に刻まれた,前3千年紀後半のエブラ語Eblaで,その内容は今後の研究に待つ。ユーフラテス上流のマリ出土の楔形文字板に見える数百の固有名詞はアモリ語Amoriteの反映と見られ,エジプトのアマルナ出土の,カナン諸侯とエジプト王との往復書簡(前14世紀)に含まれる語注等とともに,前2千年紀のカナン語の資料とされる。このほかモアブ語Moabite(死海東部のモアブの王メシャが前9世紀に建てた,300語あまりから成る戦勝記念碑の言語。ヘブライ語に非常に近い),地中海岸のフェニキア語Phoenician(前10~後2世紀),および最も多くの文書を有するヘブライ語もカナン語に属する。一方,アラム語は,前2千年紀にティグリス・ユーフラテス上流地方からしだいに南下し,前6~前1世紀にはペルシア帝国の公用語としてその広大な版図に足跡を印し,紀元後もユダヤ教徒,キリスト教徒,マンダ教徒らによって用いられ,現代でも二,三の小部落で話されている。資料の出土地,時代,使用社会・地域などを表す名称を冠して区別される。(3)南セム語派 アラビア半島に起こり全セム語の代表的言語に成長したアラビア語と,前1千年紀に紅海を渡って半島の対岸に入ったエチオピア諸語とから成る。後者の代表はゲエズ語であるがすでに死語化し,現在のエチオピアの公用語はアムハラ語である。
セム祖語の音素として推定されるのは,母音a,i,u,破音p,b,t,d,k,ɡ,',擦音ṯ,ḏ,s,z,š,ś,,ġ,h,強音(咽頭化音)ṭ,ḍ,ṣ,ẓ,ḳ,ḥ,c,鼻音m,n,流音r,l,半母音w,yである。最も複雑な歯擦音の対応例を表に挙げる。
形態論の最大の特色は,名詞の大部分と形容詞,動詞との語幹が,子音のみから成り辞書的意味(例えば〈書く〉〈歩く〉〈切る〉)を担う語根と,母音,接辞等から成り文法的意味(例えば〈動詞〉〈名詞〉〈分詞〉)を担う型との組合せによって形成される点であるが,セム祖語においては語根は2子音から成り,これが第二子音の重複,第三の子音の挿入・追加によって歴史時代の3子音語根に変化したと考えられる。名詞は格(主-u,属-i,対-a),性(男・女),数(単・双・複)について活用した。動詞の派生形は,第二子音の重複(CaCCaC),第一母音の延長(CāCaC),接頭辞・接中辞の付加,あるいはこれらの組合せによって作られる。このうち使役形を表す接頭辞は,アッカド語,ウガリト語,南アラビア語ではš-,アモリ語,モアブ語,ヘブライ語,初期アラム語ではh-,後期アラム語,アラビア語,エチオピア語では'-を示している。動詞の文法的意味については諸説があり今なおセム語学の中心問題の一つであるが,祖語においては状態相と活動相とが対立し,前者は接尾辞によって(CaCiC-),後者は接頭・尾辞によって活用し,後者はさらに完了(yaCCuC-)と未完了(yaCaCCaC-)に分かれていたとする説が有力である。文は動詞を含まず名詞を並置して〈AはBだ〉を表す名詞文と,動詞を含む動詞文に大別され,日本語とは〈語順〉が逆の逆行的構造をとることが多い。
→ハム・セム語族
執筆者:松田 伊作
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
西南アジアの歴史を主導した民族。人種的には一様でないが,言語的に一つの語族を形成。元来はアラビアかシリア砂漠で遊牧生活を送っていたが,波状的にシリアやメソポタミアに移動し定住民化した。アッカド以降の古代メソポタミア文明を担った東(あるいは北東)セム語派,シリア・パレスチナで活躍したフェニキア人,アラム人,ヘブライ人などからなる北西セム語派,アラビア半島とエチオピアの中部以北の南西セム語派に分かれる。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報
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