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ダンケルク Dunkerque

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ダンケルク
Dunkerque

フランス北部,ノール県ドーバー海峡にのぞむ港湾工業都市。北部工業地帯を後背地にもつ,同国の主要港の一つ。名称はフラマン語で「砂丘の教会」を意味し,7世紀に建てられた聖堂に由来するといわれる。 14~17世紀にはフランドルブルゴーニュオーストリアスペインなどと,次々に支配者が代り,1662年にフランスに帰属した。第1次世界大戦では,ドーバー海峡掌握をめざすドイツ軍にたびたび攻撃された。第2次世界大戦では大撤退作戦で知られる。北方を砂州で保護され,ドックをはじめ各種施設と,交通網の完備した良港で,石油,石灰,リン酸塩,鉱石,繊維などの工業原料を輸入し,金属製品,砂糖,穀類,化学製品,布などを輸出する。港を中心に製鉄,石油,造船,食品などの工業が発達。北郊のマロレバンは海水浴場として有名。人口7万 1071 (1990) 。

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デジタル大辞泉の解説

ダンケルク(Dunkerque)

フランス北部、ドーバー海峡に面する港湾都市鉄鋼業が盛ん。第二次大戦中の1940年、ドイツ軍に敗れたイギリス・フランス軍が劇的撤退をした地。

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百科事典マイペディアの解説

ダンケルク

フランス北部,ノール県の都市。ドーバー海峡に臨む港湾都市。鉄道,運河の中心で,製鉄,製油,繊維,食品などの工業が行われる。960年に城塞(じょうさい)が築かれ,オーストリア,スペイン,英国などの支配を経て,1662年にフランス領。

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デジタル大辞泉プラスの解説

ダンケルク

《Dunkerque》フランス海軍の戦艦。ダンケルク級の1番艦。1935年進水、1938年就役の高速戦艦。同型艦にストラスブールがある。第二次世界大戦中の1942年、ドイツ軍の侵攻のためドック内で自沈処理。戦後の1945年に浮揚・解体された。

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世界大百科事典 第2版の解説

ダンケルク【Dunkerque】

フランス北部ノール県の港湾・工業都市。人口7万1000(1990)。第2次大戦による壊滅の後再建され港湾が拡充されて,貨物輸送量約4000万t(1980),フランス第3の港である。1960年代以降,既存工業(精油,造船,製鉄など)の発展に加え,ユジノールUsinor製鉄や石油化学企業などの新規立地がみられ,郊外隣接市町村をあわせて一大臨海工業地帯を形成している。中世に漁村として成立した後,フランドル,ブルゴーニュ,オーストリア,スペインなどの支配の下に要塞拠点となった。

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大辞林 第三版の解説

ダンケルク【Dunkerque】

フランス北部、ドーバー海峡に面する港湾都市。鉄鋼・造船などの工業が発達。第二次大戦初期の1940年、独軍に敗れた英仏軍がこの地からイギリスに撤退。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ダンケルク
だんけるく
Dunkerque

フランス北部、ノール県の都市。人口7万0850(1999)。ベルギー国境に近く、ドーバー海峡に面し、フランス第3の貿易港を有する。鉄道や道路、運河が集まる交通の要地で、ブリューエ・アンナルトア、ランス、リール、ルーベー、トゥールコアン、ドゥエ、バランシェンヌ、ドナンなどの都市とともにフランドル工業地帯を形成している。この地帯には、フランス第1位の出炭量を誇る北フランス炭田があるため、ダンケルクには鉄鋼を中心とした臨海コンビナートがつくられている。また石油精製所、火力発電所などもあり、港湾施設の拡張整備も進んで工業発展の基盤が整備されている。その他の工業としては造船、セメント、食品などが盛ん。[高橋伸夫]

歴史

7世紀に聖エロアが礼拝堂を建て、960年ごろにフランドル伯が防壁を築いた。ダンケルクの名はフラマン語の「砂丘の教会」に由来し、1067年に史料に初出するが、当時は小漁港にすぎなかった。1384年からはフランドル伯領とともにブルゴーニュ公国に属し、1477年からはオーストリア、ついでスペインの支配を受けた。1646年にフランスが初めて占領するが、その後スペイン、ふたたびフランス、ついでイギリスの支配に属し、1662年になってフランスの支配が確立した。17世紀末には著名な海軍軍人ジャン・バールJean Bart(1650―1702)が、ここを根拠地としてイギリスおよびオランダとの海戦に活躍する。1713年のユトレヒト条約で防壁は撤去されたが、のちに再建され、1793年のイギリス軍の包囲に耐えた。19世紀、とりわけ第三共和政期には港湾都市として目覚ましく発展した。第二次世界大戦中の1940年、ドイツ軍の猛攻下に英仏連合軍33万5000人がここからイギリスへの撤退を遂行したことは有名である。[江川 温]

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