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チュッチェフ Tyutchev, Fëdor Ivanovich

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

チュッチェフ
Tyutchev, Fëdor Ivanovich

[生]1803.12.5.
[没]1873.7.27. ツァールスコエ・セロー
ロシアの詩人。名門貴族の生れで,1821年モスクワ大学文科を卒業後,外交官としてミュンヘンに赴任し,H.ハイネ,F.シェリングらと親交を結び,ドイツ・ロマン主義の洗礼を受けた。彼を詩作にかりたてたのは時代の危機意識であり,その作品には後進的ロシアの暗い状況のなかでの激しい生の模索と悲劇的終末の予感が表現されている。哲学詩以外に,恋愛詩,風景詩のジャンルでも新たな形式を生み出し,のちの詩人たちに大きな影響を与えた。代表作『キケロ』 Tsitseron (1830) ,『昼と夜』 Den' i noch',『春雷』 Vesennyaya grozaなど。

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デジタル大辞泉の解説

チュッチェフ(Fyodor Ivanovich Tyutchev)

[1803~1873]ロシアの詩人。哲学的、内省的叙情表現は、のちの象徴主義先駆ともされる。外交官としても活躍。作「幻」「沈黙」など。

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百科事典マイペディアの解説

チュッチェフ

ロシアの詩人。モスクワ大学卒。外交官を務めた。ドイツ・ロマン派の影響を受けて哲学的抒情詩を書き,世紀末以降の象徴派に大きな影響を与えた。思想的にはスラブ派に近かった。

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世界大百科事典 第2版の解説

チュッチェフ【Fyodor Ivanovich Tyutchev】

1803‐73
ロシアの詩人。モスクワ大学卒業後,外交官として約20年を西ヨーロッパで送り,1844年帰国後検閲官に転じて生涯を終えた。300余編の抒情詩を残したが,祖国文学界と離れていたこともあって,生前は,N.A.ネクラーソフツルゲーネフ,フェートらきわめて少数の理解者しか得られず,自身も詩人の自覚が希薄であった。そのため,むしろ軽妙な警句を吐く社交界の獅子,西ヨーロッパに幻滅して祖国に過大な期待をよせるスラブ派の人物として知られた。

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大辞林 第三版の解説

チュッチェフ【Fyodor Ivanovich Tyutchev】

1803~1873) ロシアの詩人。アフォリズムに近い形式の哲学的短詩を綴り、死後その詩形と思想は世紀末詩人に大きな影響を与えた。作「沈黙!」「ロシアは頭ではわからない」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

チュッチェフ
ちゅっちぇふ
Фёдор Иванович Тютчев Fyodor Ivanovich Tyutchev
(1803―1873)

ロシアの詩人。由緒ある貴族の家柄に生まれる。モスクワ大学在学中から早熟な才能を示す。卒業後外務省に入り(1821)、外交官としてミュンヘン、トリノで17年間勤務し、外国滞在は22年に上った。したがって祖国の文壇との接触が少なく、帰国後も外国文書検閲官の職にあったので、終生詩人としての意識は希薄で、世俗的には社交界の毒舌家、汎(はん)スラブ主義を掲げるスラブ主義者として聞こえた。詩壇への本格的登場は、1836年プーシキンの主宰する『同時代人』誌に「ドイツから送付された詩」と題して発表された24編の作品によるが、50年ネクラーソフが注目するまで文壇の関心をひかなかった。54年に出たツルゲーネフ編集の最初の小詩集も少数の理解者を得たにとどまり、結局プーシキンに並ぶ大詩人と認められるに至ったのは詩人の死後、自らの始祖をチュッチェフにみいだした世紀末のシンボリストの出現によってである。作品はほとんどが短詩であり、極端なものは数行を出ず、「ロシアは頭ではわからない、信ずることができるだけだ」のようにアフォリズムに近い。恋や自然をテーマとする作品に秀作が多く、そこにはフランス革命後、信仰を失って異常肥大し、堕落した近代人の分裂と矛盾に悩む自我が色濃く投影している。荒れ狂う自然の猛威に擬せられる内面の嵐(あらし)、春にすでに潜む死の影、心が結び合うのではなく決闘する絶望的な恋、真昼の現実を進む若い世代がまぶしく、夜の闇(やみ)に避難する老いの世代といった二元的対極構造を軸に展開する詩は、ドイツ観念論哲学の影響が著しく、弁証法的思考方法を身につけた当時のロシア知識人の内省的ロマン主義的傾向を独自に反映したものである。チュッチェフは、断片的形式に壮大な形象、叙情詩になじまぬ「思想的・哲学的形象」を消化吸収して成立した新たな流派を形成したといえよう。[島田 陽]

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