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ディエンビエンフー Dien Bien Phu

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ディエンビエンフー
Dien Bien Phu

ベトナム北西部,ライチャウ省南西部の町。首都ハノイの西約 300km,山岳と密林に囲まれたムオンタイン盆地にあり,ラオスとの国境に近い。第1次インドシナ戦争の末期,ディエンビエンフーの戦いの舞台となり有名になった。住民にはタイ族が多い。砕石を敷いた1本の道に沿って茅ぶきの家が並ぶ程度の小さな町であるが,市場が開かれる日には周辺の山地から少数民族が集り,にぎわいをみせる。ハノイとの間に空路が開けている。

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デジタル大辞泉の解説

ディエン‐ビエン‐フー(Dien Bien Phu)

ベトナム北西部、ディエンビエン省の都市。同省の省都。ラオスとの国境近くの谷間に位置する。1954年にベトナム軍がフランス軍を大敗させ、インドシナ戦争の終結をもたらした地。フランス軍の総司令部跡や最後まで立てこもった塹壕(ざんごう)陣地跡や、2004年に戦勝50周年を記念して立てられた記念像などがある。

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百科事典マイペディアの解説

ディエンビエンフー

ベトナムの北西部,ラオスとの国境に近い町。標高1000〜1500mの山地に囲まれた盆地にあり,タイ系の住民が米作牧畜に従事する。1954年にインドシナ戦争で敗れたフランスが最後の拠点をおいた地。

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デジタル大辞泉プラスの解説

ディエンビエンフー

西島大介による漫画作品。1960年代、ベトナム戦争中の従軍カメラマンの少年とゲリラの少女の恋を描く。『Comic新現実』第2号~第6号(2004年11月~2005年11月)、『IKKI』2006年9月号~連載中。小学館IKKI COMIX既刊9巻。

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世界大百科事典 第2版の解説

ディエンビエンフー【Dien Bien Phu】

ベトナム北西部,トンキン山地のラオス国境近くの山間盆地にある町。タイチャン峠を越えてトンキン地方北部からラオス北部へ入る街道に沿う戦略上の要衝。第2次大戦後ホー・チ・ミンの率いるベトナム軍は,植民地再支配をねらう旧宗主国フランスとの衝突をくり返し,ラオス方面への進出を企てた。これに対しフランス軍はナバール将軍指揮下に精鋭部隊をこの地に送り,ラオスを防衛しようとし,空輸により戦力を強化した。ベトナム軍はボー・グエン・ザップ指揮下にこれを包囲し,1954年3月から5月にわたり激戦を展開,ついにフランス軍は5000余の死傷者を出し,残りは降伏した。

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大辞林 第三版の解説

ディエンビエンフー【Dien Bien Phu】

ベトナム北部、ラオス国境近くの山間にある町。1954年ベトミン軍がこの地でフランス軍を破ってインドシナ戦争を休戦に導いた。

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世界大百科事典内のディエンビエンフーの言及

【ラオス】より

…この戦闘部隊をパテト・ラオと呼ぶ)を結成し,臨時抗戦政府をサムヌア省に樹立した。54年ベトナムにおけるディエンビエンフーの勝利を可能にしたのは,パテト・ラオ勢力がラオス北部のポンサリ省とサムヌア省を解放区としていたことが大きかった。1953年10月に王国政府はフランスとの間で〈友好連合条約〉を結び,これによってラオスは完全独立を達成した。…

※「ディエンビエンフー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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