ひとつの民族としてのタイ族というのは,東南アジア大陸部を中心に,北は中国南部,南はマレー半島,東はベトナム,西はインドのアッサム地方にかけて広く分布し,タイ文化を共有する人びとの総称である。伝統的な意味でのタイ族とは,(1)タイ語を話し,(2)仏教を信じ,(3)一般に姓をもたず,(4)低地・渓谷移動の水稲耕作民だとされている。しかし,広義のタイ族を考える場合には,こうした定義だけでは不十分である。タイ系諸族のなかには多数の非仏教徒がおり,タイ国やラオス国に住むタイ族は現在姓を用いているからである。広義のタイ族をどのように区分して考えるかは,必ずしも定説があるわけではないが,イェール大学に本部のあるHRAF(人間関係領域ファイル)の資料にもとづくと,タイ族は次の5グループに分けられる。
(1)南部グループ (a)シャム・タイ族 タイ国におけるタイ族の中心をなしている。タイ国生れでタイの国籍をもち,主として農村地帯に住み,タイ語を話し,仏教を信じ,タイ国で最も一般的な生活様式を共有している人びとである。(b)コーラート・タイ族 タイ国東北部のコーラート地方に住むタイ族で,生活様式はシャム・タイ族とほとんど変わらないが,使用するタイ語に多少なまりがある。昔この地方に駐留していたシャム・タイ族の兵隊とクメール族の女性との間に生まれた人びとの子孫だといわれている。(c)パク・タイ族 タイ国南部のマレー半島のチュムポーン地方からナコーンシータマラーへかけて分布しているタイ族とマレー人との混血の子孫である。
(2)西部グループ (a)アホーム族 アッサムのプラフマプトラ川上流に住んでおり,タイ族のなかで最も西に位置する。ヒンドゥー教の影響下にタイ固有の文化を喪失し,タイ語も司祭クラスに保存されているにすぎない。(b)シャン族 ビルマ・シャン族(ミャンマー東部のシャン州),チャイニーズ・シャン族(中国雲南省とミャンマーの国境付近)などに分かれる。シャンとはビルマ族がタイ族をよぶ名称で,中国人はパーイとよんでいる。
(3)中部メコン川グループ (a)ヌア族 雲南の南西部のサルウィン川とメコン川にはさまれた地方に分布するが,ラオスのサムヌア地方にも居住する。ヌアとは北方の意であり,〈北方のタイ族〉ということになる。(b)ルー族 タイ,ミャンマー,ラオス,中国の国境が相接する地方にまたがって居住するが,相互の連帯意識は強い。中国領内ではシーサンパンナ(西双版納)・タイ族自治州が設けられている。タイ領に住むルー族はほとんど仏教徒である。女性が頭に巻く白いターバンや美しい刺繡の入った服装に特色がある。(c)ラオ族 ラオスではルアンプラバン,ビエンチャン,サバナケット,パクセなどの諸省を中心とした平地に住み,タイ国では東北タイのコーラート地方に住む。ラオ族は分布範囲が広範囲であるところから地方差が大きい。
(4)中央高地グループ (a)黒タイ族 ベトナム北部のディエンビエンフーを中心とした一帯とソンダー川沿いのビンルー,フォントー,パカ地区に住む。また,ラオスのナムタ地方にも多数分布している。黒タイ族の神話では,彼らの祖先は最初にディエンビエンフーに天から降下したという。父系的な親族体系,特定食物禁忌の習俗,火葬の慣行などがあり,他のタイ系諸族と著しく異なる文化・社会上の特色をもっている。(b)紅タイ族 ベトナム北部のタインホアからラオス領にかけて分布している。紅がかった服装を除くと,黒タイ族に似た習俗が多く観察される。(c)白タイ族 ベトナム北部のソンコイ川,ソンダー川の両岸に沿って,またラオスではサムヌア地方からルアンプラバン地方にかけて分布している。白タイという名称は彼らの服装からくるといわれる。父系的な親族体系,歌垣の風俗などに特色がある。
(5)東部グループ (a)チュンチャ族 中国の貴州省南部からベトナム北部のトンキン高地にかけて居住している。習俗的にはミヤオ族やニャン族に近いといわれている。(b)トー族 ベトナム北部のトンキン地方のカオバンやソンコイ川の東側の渓谷沿いに住み,ベトナム人からの文化的影響を強く受けているタイ族につけられた名称である。アニミストであるが,シャマニズムに関する報告も多い。(c)チワン族 中国の広西チワン族自治区を中心とし,雲南省,広東省にまたがる広範な分布をみせている。杭上家屋に住み,水稲栽培を主とする。漢民族の強い影響下にあるが,タイ族固有の社会組織を残している。また,農耕儀礼には,共食や歌垣など,トンキン地方のタイ系諸族と共通する要素を多分にもっている。その他,タイ族とよばれるもののなかにはニャン族,トゥーラオ族などがあり,トンキン高地から中国との国境地帯にかけて少数だが分布している。
執筆者:綾部 恒雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…ただし,これらの組織は地域ごとに相違があって一様ではない。また,北部ラオスに住む黒タイ族のように水田稲作民でありながら階級組織をもつものもある。彼らの住居は,上記のような社会状況を反映して,集合住宅に似た長大家屋,すなわちロングハウスをつくって共同生活をする場合もあり,大家屋に多数の家族人口を収容する場合もある。…
…一般に最低気温は12月か1月に,最高気温は5月初めにみられる。
【住民,言語】
主たる住民は,言語学的にタイ・カダイ語群と呼ばれるグループに属するタイ系民族で,最も人口が多いのは中部タイを中心とし,タイ語(シャム語)を話すタイ族である。東北タイにはラオ族,北タイにはタイ・ユアン族,南タイにはパク・タイ族がそれぞれ優勢である。…
※「タイ族」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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