デカルト哲学の基本概念(読み)でかるとてつがくのきほんがいねん

日本大百科全書(ニッポニカ) 「デカルト哲学の基本概念」の意味・わかりやすい解説

デカルト哲学の基本概念
でかるとてつがくのきほんがいねん

暫定的道徳(ざんていてきどうとく) morale provisoire(フランス語)
 決定的道徳morale définitiveつまり形而上(けいじじょう)学の第一原理から演繹(えんえき)される道徳に対立する。したがって「暫定的」というのは単に「一時しのぎの」という意味ばかりでなく、「確固とした原理によって基礎づけられていない」という意味をもつ。真理の認識においてデカルトは、これまで受け入れた意見すべてを覆し、まったく新しく基礎から始めようとする。しかし毎日の生活は、一瞬の遅滞も許さない。理性が不決断を命令する間も「できる限り幸福に生きることができるように」デカルトは暫定的にいくつかの格率を定める。

 その第一は、自国の法律と習慣に従い、幼時からの宗教を保持し、もっとも穏健な意見に従うこと。第二は、行動においてできる限り決然とした態度をとること。第三は、つねに運命よりもむしろ自己に打ち克(か)つことに、世界の秩序よりもむしろ自分の欲望を変えることに努めること。第四に、個人的な格率として、その全生涯を理性の開発に用い、自らの課した方法によって真理の認識においてできる限り前進すること、である。

 これらの格率は、エリザベートあての手紙や『情念論』においてその個人的色彩を一掃し、新たに主意主義的観点から基礎づけられて、彼の晩年の道徳を構成する。デカルトは「諸学の完全な知識を前提とする知恵最後の段階」としての「決定的道徳」を残さなかったのであるが、そこに彼の決定的道徳をみるのが普通である。それはもはや、「一時しのぎの道徳」ではないからである。また彼の道徳が、このような暫定的道徳にとどまらざるをえなかったところに、デカルトのモラリスト的側面をみることもできる。

物体即延長(ぶったいそくえんちょう) corpus sive extensa(ラテン語
 デカルトは物質から熱、冷、乾、湿、重さ、堅さ、色、音、味、香りなど質的なものすべてを追放し、ただ「延長(広がり)」だけをその本性とする。物質を、同質的な幾何学的空間に同一視するのである。そして、この延長の諸部分つまり物体形状とその場所的運動、および神の属性から導き出された自然法則によって、自然のあらゆる現象(宇宙の生成、天体の運動、気象、光学現象、人体の生理現象など)を機械的に説明する。そのなかでは「渦動説」や「動物機械論」が有名である。

 しかしデカルトは、自然を自己の原理から統一的に説明することに急であったため、観察や実験がそれに伴わず、また自然現象の数量化にも徹底を欠き、科学的には多くの面で惨めな失敗に終わった。たとえば1648年パスカルは精密な実験によって真空の存在を証明したにもかかわらず、デカルトは自己の原理に固執して、生涯これを認めなかった。

方法的懐疑(ほうほうてきかいぎ) doute méthodique(フランス語)
 デカルトの懐疑は「ただ疑うためにのみ疑い、つねに不決断をよそおう」懐疑論者の懐疑ではない。それは判断停止による心の平静ではなく、疑う余地のない絶対に確実な真理の認識を目ざす意図的で計画的な懐疑である。つまり、それは、ほんの少しでも疑わしいものをすべて「絶対に虚偽」として否定する意志的な懐疑であり、同時に正当な「懐疑理由」(「夢」や「邪悪な霊」)に基づく理性的な懐疑である。この「懐疑理由」の設定によって、それは「誇張された懐疑」となる。一つ一つの事柄ではなく、「懐疑理由」の妥当するすべてのものを、したがって常識的には少しも疑わしくないものも含めて、一挙に疑うからである。

 さらにそれは単に事物の本質ばかりでなく、存在そのものを疑うという意味で形而上学的である。最後に「方法的懐疑」は、デカルト自身の「生きられ、体験された懐疑」の反映であり、この意味では実存的性格をもつと考えられる。

[坂井昭宏]

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