ドイツの数学者。ブラウンシュワイクで法律学者の子として生まれた。ゲッティンゲン大学に学び,1852年にオイラー積分に関する論文で学位を得た。58年にチューリヒ工科大学教授,62年にはブラウンシュワイク工科大学教授となり,84歳でこの地で没した。P.G.L.ディリクレの影響の下に整数論の研究を始めたデデキントは,E.E.クンマーの理想数の考えを発展させて,イデアルの理論を構成した。この理論は,整数論,代数学の基礎となった。一般の代数体に対しても,デデキントのゼータ関数と呼ばれるG.F.B.リーマンのゼータ関数の類似を考え,整数論の研究に用いたことも重要な業績である。また,解析学の基礎である実数の理論の不備に気づいたデデキントは,G.カントルとは独立に切断という概念で実数論を有理数に基づいて構成した。著書に《連続と無理数》(1872),《数とは何か,何であるべきか》(1884)がある。
執筆者:斎藤 裕
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…そこで,E.E.クンマーは,“理想数”の概念を導入し,整数のかわりに,理想数を用いると,代数的整数の場合にも,素数の積による因数分解と並行した理論が展開できることを示した。その後,J.W.デデキントは,理想数を考えることが,次の2条件を満たす部分集合を考えることと同等であることを示し,それら部分集合を,理想数にちなみイデアルIdeal(理想)と名づけた。 考えている代数体に含まれる代数的整数全体をAで表すことにする。…
… リーマンは現在のいわゆるリーマン積分の基礎を築いたが,19世紀の後半に至って微積分学の方法がさらに反省され,極限演算の場としての実数の概念をいっそう明確にすることが必要となって,無理数論が生まれた。J.W.R.デデキントとカントルの論文(いずれも1872),K.ワイヤーシュトラスのベルリン大学における講義は,互いに独立に無理数の理論を創設したものであるが,それらは互いに同値な理論である。無理数論の確立により,微積分学は初めて現代の厳密さに到達できたといえる。…
…ヒルベルトはさらに実数を用いて(A,E)の諸命題が成り立つモデルをつくり,(A,E)の無矛盾性を示した。実数論については《ストイケイア》第5巻にもすでに述べられているが,それを完成したのも19世紀の数学者K.ワイヤーシュトラス,R.デデキント,G.カントルらの業績であった。実数論は,彼らによって自然数論に帰着されたが,デデキントやG.ペアノは,集合と写像の考えを用いて自然数論を公理的に構成した。…
…カントルの集合論はきわめて有力な数学理論であるのみならず,数学全般にわたる基礎的理論であることがしだいに認められるようになり,自然数論や実数論,ひいては解析学,代数学,幾何学など数学における各理論を集合論の中で展開することが原理的に可能であることがわかってきた。J.W.デデキントは,実際に,集合概念と1対1対応の概念とから自然数の体系を作れることを示し(1888),さかのぼって実数を有理数(有理数の体系は自然数の拡張として容易に構成できる)の集合A,Bの組(A,B)として定義し(1872),A.L.コーシーやK.ワイヤーシュトラスと並んで,それまで直観的にしか把握されていなかった実数の概念,ひいては解析学に厳密な基礎を与えた。集合論に現れた逆理は,H.ワイルによれば,〈数学の王国のごく辺境に生じた紛争にすぎず,王国の大部分はなお安寧であるとみられるかも知れない〉が事態は決してそのようなものではなく,数学における集合論の影響があまりにも大きいがゆえに,それは〈この王国の基盤に対する内的な支えを失わしめるもの〉であると認識された。…
…実数の全体のなす集合に対しても切断が定義できるが,このときは(1)または(2)の場合しか起こらない。J.W.R.デデキントはQの切断を使って実数を定義した。上の(1)の場合は切断(A1,A2)は有理数aを定め,(2)の場合は有理数bを定め,(3)の場合は無理数αを定める。…
…このような体系が意識されるようになったのは,方程式の代数的解法の研究に伴って,一つの代数方程式の根の全体,または一部についての整式で表される数の体系が扱われるようになったことによる(ガロアの理論)。やがてJ.W.R.デデキントが体の概念を定義し,ガロア群を根の置換としてでなく,体の自己同型として考察した。L.クロネッカーは体Kの有限次代数拡大体を,多項式環K[x]の既約多項式f(x)によって,剰余類環K[x]/f(x)K[x]の形で与える考えを導入した。…
※「デデキント」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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