数学用語。バンドルbundleの訳語として束という言葉が使われることがあるが,それは〈ファイバーバンドル〉の項目を参照。ここではlatticeの訳語としての束について述べる。ある集合が二つの演算(通常∪,∩で表す)をもち,すなわち,任意の二元a,bに対しa∪b,a∩bがそれぞれ一意的に定まり,次の性質(1)~(3)をもつとき,その集合を束という。なお,a∪bをa,bの結び,a∩bをa,bの交わりという。
(1) a∪b=b∪a
a∩b=b∩a ……交換法則
(2) (a∪b)∪c=a∪(b∪c)
(a∩b)∩c=a∩(b∩c) ……結合法則
(3) a∪(b∩a)=a
a∩(b∪a)=a……吸収法則
ある集合Mの部分集合全体S(M)を考えれば,束の例になる。また,自然数全体の集合Nにおいて,a∪bはaとbの最大公約数,a∩bはaとbの最小公倍数と定めれば,束になる。一つの束Lにおいて,新しい演算∪,∩を,
a∪b=(もとの演算でのa∩b)
a∩b=(もとの演算でのa∪b)
と定めると,やはり束になる。このように∪と∩とをとりかえた束を,もとの束の双対という。すべての束について成り立つ等式があれば,その式の∪と∩とをとりかえた等式も正しい。例えば,次のべき等法則は上の(2)と(3)から得られるが,一方を得れば,他方はその双対としても得られる。
a∩a=a,a∪a=a
一つの束Mにおいて,順序≧を,a≧b⇔a∪b=aで定義すれば順序集合になるので,束においてはこの意味での順序を考える。二つの元a,bの上限(最小上界),下限(最大下界)はa∪b,a∩bである。逆に,順序集合Nにおいて,任意の二元a,bの上限c,下限dがともに存在するとき,a∪b=c,a∩b=dと定義すれば束になる。したがって,束とは,この性質をもつ順序集合であると思ってもよい。
一つの束Lの部分集合L′について,その任意の二元a,bの結びa∪b,交わりa∩bがつねにL′に属するならば,L′はLにおける演算によって束になる。このときL′はLの部分束であるという。束Lλ(λ∈Λ)の直積пLλにおいて,∪,∩を成分ごとに定めると,すなわち,(……,xλ,……)∪(……,yλ,……)=(……,xλ∪yλ,……),(……,xλ,……)∩(……,yλ,……)=(……,xλ∩yλ,……)とすると,пLλも束になる。これを束としての直積と定める。
束の有限個の元の関係を考えるのには,図のように大小関係のあるものは線で結び,大きいものは上方に位置するように図示するとわかりやすいことが多い。左の図の場合,a∪d=a∪c,a∩c=b∩dである。
数学において,いろいろな束が現れるが,上の(1)~(3)以外の条件をさらに満たすことが多い。その条件に応じて,いろいろな名称が付されている。
モジュラー束
任意の三元a,b,cについて,モジュラー法則,すなわちa≦cならば,a∪(b∩c)=(a∪b)∩cの成り立つ束をモジュラー束という。例えば,一つの群Gの正規部分群の全体N(G)において,a∪bは群としてのab={xy|x∈a,y∈b},a∩bは集合としてのa∩bと定めれば,モジュラー束になる。束がモジュラー束になるための必要十分条件は次のような関係にある三元a,b,cの存在しないことである。
a>c,a∪b=c∪b,
a∩b=c∩b
なお,上記のモジュラー法則は,a∪(b∩(c∪a))=(a∪b)∩(c∪a)と同値であり,これをモジュラー法則ということもある。
相補束
束Lに最大元,最小元があるものとする。それらを1,0で表そう。Lの元aに対し,a∪b=1かつa∩b=0となる元bがあるとき,bはaの補元であるという。どの元にも補元があるとき,Lは相補束であるという。
分配束
任意の三元a,b,cに対して,
a∩(b∪c)=(a∩b)∪(a∩c) ……分配法則
の成り立つ束を分配束という。上の等式は通常の分配法則の加法,乗法を∪,∩に変えた等式である。また,この条件は,
a∪(b∩c)=(a∪b)∩(a∪c)
と同値であるので,分配束の双対は分配束である。また,分配束は必ずモジュラー束であるが,モジュラー束は必ずしも分配束ではない。例えば,アーベル群Aによる,G=A×Aの部分群のなすモジュラー束において,D={(a,a)|a∈A},B={(a,1)|a∈A},C={(1,a)|a∈A}とおくと,D(B∩C)=D,DB∩DC=Gとなるからである。
ブール束
相補束であり,かつ分配束であるものをブール束または相補分配束という。ブール束においては,一つの元の補元は必ず一つだけである。一つの集合Mの部分集合全体S(M)はMを最大元,空集合を最小元とするブール束である。このとき補元は補集合である。また,S(M)の部分束Lで,〈XがLの元ならば,Xの補集合XcもLに属する〉という条件を満たせば,Lもブール束になる。このようなLを集合ブール束と呼ぶ。どんなブール束も,束としての構造がそれと同じであるような集合ブール束が存在する。
完備束
束Lを順序集合と考えたとき,任意の空でない部分集合に上限および下限が必ず存在するとき,Lは完備であるという。上のS(M)は完備なブール束である。
→ブール代数
束群
群Gが束でもあり,次の条件が満たされるとき,Gは束群または束順序群であるという。
a(b∪c)=ab∪ac,(b∪c)a=ba∪ca
a(b∩c)=ab∩ac,(b∩c)a=ba∩ca
この条件はGを順序集合と考えたとき,
a≦b ⇒ ac≦bc, ca≦cb
ということと同値である。
束群Gにおいて,x>1(単位元)であり,yが任意の元ならば,適当な自然数nをとれば,xn>yとなるとき,Gはアルキメデス的束群であるという。
正の有理数全体Qにおいて,二元a,bをとったとき,それを通分して,m/d,n/dと表し,a∪b=(mとnの最大公約数)/d,a∩b=(mとnの最小公倍数)/dと定めると,a∪b,a∩bは通分のしかたにはかかわらず決まり,アルキメデス的束群になる。この束群においては,この束群の順序で1より大きい元全体(ふつうの大小で1より大きい自然数全体になる)が極小条件を満たす。そして,p>1,かつp>q>1という元がないようなpが素数である。Qにおける素因数分解の一意性は,〈1より大きい元全体において極小条件が満たされる束群〉という観点から証明することができる。
執筆者:永田 雅宜