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デブレツェン Debrecen

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

デブレツェン
Debrecen

ハンガリー東部の中心都市。古い市場町で,都市権獲得は 14世紀。オスマン帝国占領時代の 16世紀には交易,学芸,政治の中心地として発展。ハンガリーに伝播した新教の拠点となり,「カルバン派のローマ」の別名を得た。 1848~49年の独立戦争の際にはコシュートの共和政権の所在地となり,第2次世界大戦末期には反ナチスの臨時政府がこの地で成立。現在は農産物,畜産物集散地で,交通の要地でもある。ハンガリー最古の印刷所 (1561) ,カルバン派の大聖堂がある。人口 21万 3927 (1991推計) 。

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デジタル大辞泉の解説

デブレツェン(Debrecen)

ハンガリー東部の都市。首都ブダペストに次ぐ同国第二の都市。中世より交易の要地として発展。14世紀の宗教改革において、カルバン主義派の拠点となった。1848年から翌年にかけてのハンガリー革命と独立戦争期には一時的に首都になり、また、第二次大戦末期にはソ連の支援を受けた反ナチス政権の臨時政府が置かれた。デブレツェン大学、改革派大教会などがある。

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百科事典マイペディアの解説

デブレツェン

ハンガリー東部,ハイドゥー・ビハル県の県都。ルーマニア国境に近いハンガリー第2の都市。鉄道の中心で,農産物の取引が盛ん。精密機械,外科用機器,医薬品などの工業が行われる。大学(1912年創立)がある。14世紀に都市特権を得て,中世には農業地帯の中心であり,プロテスタントの活動や知的活動(1561年にハンガリー初の印刷所が設立)の拠点でもあった。1849年にはコッシュートの革命政府が成立。21万1000人(2011)。

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世界大百科事典 第2版の解説

デブレツェン【Debrecen】

ハンガリー大平原東部にあるハンガリー第2の都市。ハイドゥー・ビハル県の県都。人口21万1000(1996)。ティサ川以東のハンガリーの経済・文化上の中心地。1361年に都市の特権を獲得。16世紀のオスマン・トルコの侵入によりハンガリーが三分割されたとき,3地域の接点に位置することになり,相対的に高い自治を有し,16~17世紀には農業地帯の中心地として商業上の重要性を増した。自由な土地所有農民が集まり,商工業ギルドも成長,都市の領域も広がった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

デブレツェン
でぶれつぇん
Debrecen

ハンガリー東部、ハイドゥー・ビハル県の県都。首都ブダペスト東方約190キロメートルにある同国第二の都市。人口21万1034(2001)。内外への鉄道の結節地点で、東部の経済、文化、政治の中心地である。医薬品、医療機器、食品、皮革、たばこなどの諸工業がある。大学(1550ころ創立)、アカデミー、図書館がある。民俗博物館は、ウィーンの豪商デリの遺贈品、内外の宝石、貴金属美術品、武具などの膨大なコレクションで有名である。[古藤田一雄]

歴史

10世紀ごろにマジャール人が占領するまではスラブ人が住んでいた。1361年判事選出の自由、市場開催権などの都市権を獲得し、市場町としての基礎を確立する。オスマン・トルコの侵入により国土が三分割(1541)され、多くの都市が没落・衰退したなかで、ウシの輸出と手工業の発達に支えられて16~17世紀にはオルフェルド(大平原)の重要な交易都市に発展した。また新教徒(カルバン派)の中心地となり、1550年ごろの大学の創立(1912年設立のラヨシュ・コシュート大学を経て現デブレツェン大学に引き継がれる)、1561年の印刷所の設立によって、マジャール語の聖書や説話文学書(詩、物語、戯曲)などが刊行され、教育・文化の普及、さらには民族独立への民衆の政治思想の啓蒙(けいもう)に多大な影響を与えた。1693年には自由王国都市の称号を得て、市政の自治が保障されるようになった。
 1848年、パリの二月革命に刺激されてハンガリー最初の自主責任内閣が樹立されたが、オーストリア皇帝軍の反撃を受けて政府と議会をデブレツェンに移し、49年4月14日ハプスブルク家のハンガリー王位の廃絶とハンガリーの独立を宣言した。しかし自国の安全に不安を抱いたロシア軍の介入を招き、蔵相兼国防委員会議長コシュートの呼びかけに応じた国民軍の善戦もむなしく、この独立戦争は失敗に終わった。第二次世界大戦末期の1944年12月22日、反ナチの臨時政府がソ連軍の解放したこの地に樹立され、同月28日には対独宣戦が布告されて、ふたたび自由と独立の拠点として重要な歴史的役割を演じた。[古藤田一雄]

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