改訂新版 世界大百科事典 「トラジャ族」の意味・わかりやすい解説
トラジャ族 (トラジャぞく)
Toraja
Toradja
インドネシア,スラウェシ(セレベス)島の内陸高地に住むプロト・マレー系の民族。トラジャとは〈山地人〉〈山奥の人〉の意で,ブギス族がこう呼んだのに由来するという。南西部のサダン川上流域のトラジャ族はとりわけよく知られる。20世紀初めにオランダはトラジャ地域に支配権を確立し,オランダ改革派教会が入りキリスト教化が進んだ。
トラジャ族は稲米を天からの贈物と考え,かつては稲作の田にほかの作物を植えなかった。彼らの儀礼のなかでも稲作儀礼は大きな位置を占める。今日では稲のほかトウモロコシ,ヤムイモ,キャッサバを栽培し,またトラジャ・コーヒーとして世界的に知られるコーヒーは,重要な換金作物である。水牛,豚,犬,鶏は供犠にも使われるたいせつな家畜で,雄の方が雌より高い価値をもつとされる。
トラジャ族の家屋建築は華麗なことでよく知られる。トンコナンと呼ばれるその家屋は,高床式で4本の柱と前後2本の補助柱によって支えられる。床は板や竹で張られ,壁は籐(とう)などで編まれ,釘は1本も使われない。船の舳先(へさき)と艫(とも)のように天空に鋭くはねあがった船形の屋根は,割竹をふんだんに使ってびっしりとふかれており,10mもの高さに及ぶものもある。周囲の羽目や破風には,赤(血を象徴),白(骨),黄(神々の加護と収穫),黒(死)の4色による彩色の幾何学文様が彫刻され(ウキラン彫),水牛,鶏,太陽,植物などから取材したそれらは,いずれもアニミズム的な意味を有している。家屋の正面は必ず北向き(北~東はトラジャ族の神聖方位)である。1部落はトンコナン5~10棟からなり,同じく船形にかたどられた穀倉が付随する。なお家屋の新築に際しては盛大な儀礼が行われ,豚などの家畜が犠牲とされ,大いに祝客は歓待される。
トラジャ族の社会は,貴族,平民,奴隷の3階層に分かれていたが,1907年オランダは奴隷制度を廃止した。30世代前に天から降臨した人の子孫だと伝承される貴族たちはかつてさまざまな特権をもっていた。祭宴には彼らだけに許された華美な衣服や飾りを着用した。家屋には前述のウキラン彫が極彩色で彫刻された。貴族の女は下の階層の男と結婚できず,平民の女は奴隷の男との通婚が禁じられた。この禁制を犯せば死刑にされた。一方,下層の女は上層の男と通婚できたが,その子どもは母の階層に属した。
稲作儀礼,新築儀礼とともにトラジャ族にとって重要な儀礼は葬儀である。豪華かつ複雑な葬儀には参列者のために多くの家が建てられ,多くの水牛が犠牲に供される。父母の葬儀で水牛を供した子どもが死者の所有物の相続者になれた。また白と黒のまだらのある水牛は最も貴重視され,葬儀の際の贈答に用いられた。葬儀での踊り手は色とりどりの頭飾をつける。葬儀の終りに遺体は安息所に運ばれる。やがてミイラと化した死体は家屋を模した船形の棺に収められて断崖の横穴墳や鍾乳洞などに安置される。墓室の前にはほぼ等身大の人形(タウ・タウ)が立てられた。貴族の死者は長期間にわたる多くの儀式の後で埋葬され,その霊はヤシの木を伝って星の世界に行くと信じられている。
なおトラジャ族は,インドネシアなどの他の種族と同じように多産や豊穣の儀礼として,その成年男子のすべてが首狩りを行った。
現在,トラジャ族は人口100万を超え,スラウェシ第1の都市ウジュン・パンダンやジャカルタに出て行く者もかなりおり,トラジャ社会は変容してきている。
執筆者:倉田 勇+木村 重信
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報