コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

ドゥブロブニク ドゥブロブニク Dubrovnik

5件 の用語解説(ドゥブロブニクの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ドゥブロブニク
ドゥブロブニク
Dubrovnik

クロアチア南部,アドリア海に臨む都市。イタリア語ではラグーザ Ragusa。ダルマチア地方の観光中心地。ローマ時代から交易港として繁栄。9世紀に独立し,1205~1358年にはベネチアに従属したが,その間もその後も常に実質的な独立を保ち,地中海屈指の商港として栄えた。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

ドゥブロブニク(Dubrovnik)

クロアチア最南部のアドリア海に面した都市。13世紀に自治都市となり、15~16世紀に最盛期を迎えた。堅固な城壁に囲まれた旧市街には、後期ゴシックルネサンスの両様式を取り入れた歴史的建造物が多く残されており、「アドリア海の真珠」と称えられる。内戦で多くの文化財が破壊されたが、市民の手によって忠実に復元された。総督邸や大聖堂のある旧市街は、1979年に世界遺産文化遺産)に登録された。ドブロブニク

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

ドゥブロブニク

クロアチア共和国南部,アドリア海岸の港市。イタリア名ラグーザRagusa。ブドウ酒オリーブ油などの食品工業行われる。7世紀初めギリシア人の植民が行われ,中世には都市共和国として商業で繁栄。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

ドゥブロブニク【Dubrovnik】

クロアチア南部,ダルマツィア海岸にある都市で,同国最大の観光地。イタリア名ラグーザRagusa。人口5万(1991)。 町の起源は,7世紀初頭にスラブ人によって破壊された近郊のローマ都市からの逃亡者が,現在市を二分するストラドゥン大通りの南部(当時は小島)へ定着し,ラグシウムRagusiumと名づけたことにさかのぼる。対岸の大陸部に住みついたスラブ人はオーク(ドゥブ)林にちなんで自領を〈ドゥブロブニク〉と称したらしい。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ドゥブロブニク
どぅぶろぶにく
Dubrovnik

クロアチア共和国南部の都市。ダルマチア地方最南部に位置する。同国最大の観光都市で、港がある。人口4万3770(2001)。背後には300~1000メートルの石灰岩の山地が迫り、町は海に突き出た岬の表面を覆うように位置している。南東の湿風シロッコや北風ボラの影響をほとんど受けない。城塞(じょうさい)都市で、中世の町の姿をほぼ完全に残しており、「アドリア海の真珠」と称され、1979年には世界遺産の文化遺産(世界文化遺産)に登録された(1994年に再登録)。16世紀のスポンザ宮、総督宮、市庁舎、市壁、バロック様式の大聖堂、ロマネスク様式のフランチェスコ派教会などがあるが、1667年の大地震ののち一部改修した建物も多い。食品加工、化学工業もあるが、産業の主力は観光である。毎年夏に水準の高い芸術祭が開催される。[漆原和子]

歴史

7世紀にビザンティン帝国の都市として建設され、ラグーザRagusaとよばれたが、10世紀ごろにはすでに南スラブ人(主としてクロアチア人)の都市になる。13世紀初めまでビザンティン帝国の支配下に置かれ、1358年まではベネチア、その後はハンガリーの領土に組み込まれたが、海運業が栄え、商業活動で富を蓄えた。オスマン帝国の進出に際し、租税を払うことによって独立を獲得した。ドゥブロブニク共和国として、バルカン内陸部と地中海地域との交易で栄え、「リベルタス(自由)」の標語を掲げた。1667年大地震に襲われ、壊滅的な打撃を受けるが復興。1806年にナポレオンが占領し、「イリリア諸州」として統治した。ナポレオン敗退後オーストリア領となり、第一次世界大戦後ユーゴスラビア王国領となった。1991年、クロアチアは旧ユーゴスラビアから独立した。クロアチア内戦(1991~1995)当初、町の一部が爆撃をうけたが、内戦終結後に修復と復旧がなされた。[柴 宜弘]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内のドゥブロブニクの言及

【ユーゴスラビア】より

…ワインは,スロベニアの白ワイン(ラシュキ・リズリングLaški rizling,レンスキ・リズリングLenski rizling),ダルマツィアの赤ワイン(ディンガチdingač)が北方ではおすすめ品。ドゥブロブニクでは中世以来の名品,黄金色のマルアジヤmalvazija(malvasija)を試してみたい。モスタルのジラフカžilavka,モンテネグロのブラナッツvranacと,南方では赤がおいしい。…

※「ドゥブロブニク」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

ドゥブロブニクの関連キーワードクロアチア語ダルマチアマラスキーノサロナセルボクロアチア語ソリンブラチ島マカルスカダルマチア式海岸《クロアチア,スラボニア,ダルマツィアの明星》

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone