コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

ドホナーニ Dohnányi, Ernö

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ドホナーニ
Dohnányi, Ernö

[生]1877.7.27. ポジョニー(現ブラチスラバ)
[没]1960.2.11. ニューヨーク
ハンガリーの作曲家,ピアニスト指揮者ブダペスト王立音楽院卒業後ピアニストとしてデビュー。 1908年ベルリン音楽学校教授,19年ブダペスト音楽院長,39年ハンガリー放送総監督を歴任し,第2次世界大戦後は,49年以来アメリカに定住,フロリダ州立大学で教鞭をとった。作品には,ピアノと管弦楽のための『童謡を主題とした変奏曲』ほかがある。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

百科事典マイペディアの解説

ドホナーニ

ハンガリーの作曲家,ピアノ奏者,指揮者。ポジョニュ(現ブラチスラバ)に生まれ,ブダペストの王立音楽アカデミーで学ぶ。1898年ピアノ奏者としてデビュー。作品もブラームスに絶賛され,F.リスト以来のハンガリーの作曲家,ピアノ奏者と称された。1905年−1915年ベルリン高等音楽学校で教鞭(きょうべん)をとり,1919年−1920年母校校長。コダイとともに音楽教育の改革にとりくむ。1919年−1944年ブタペスト・フィルハーモニー管弦楽団首席指揮者。コダイ,バルトークを擁護し,その作品を積極的にとりあげた。1934年−1940年再び母校(リスト高等音楽学校と改称)校長を務め,ナチ化,反ユダヤ主義と戦う。1948年故国を去り,米国で没した。作品はドイツ後期ロマン派の流れを汲み,二つのピアノ五重奏曲(1895年,1914年),三つの弦楽四重奏曲(1899年−1926年),《六重奏曲》(1935年)などの室内楽曲に円熟した書法を示した。ほかに三つの交響曲,管弦楽曲,協奏曲,オペラなど。孫のC.vonドホナーニ〔1929-〕も指揮者として活躍し,クリーブランド管弦楽団音楽監督などを歴任。

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

ピティナ・ピアノ曲事典(作曲者)の解説

ドホナーニ

趣味でチェロを弾いていた父に音楽の手ほどきを受け、ピアノ、作曲をブダペスト王立音楽院(後のリスト高等音楽学校)で学んだ。後に同校の教授、校長となり、19~44年にはブダペスト・フィルハーモニー協会主席 ...続き

出典 (社)全日本ピアノ指導者協会ピティナ・ピアノ曲事典(作曲者)について 情報

世界大百科事典 第2版の解説

ドホナーニ【Dohnányi Ernő】

1877‐1960
ハンガリーのピアニスト,作曲家,指揮者。ブダペスト音楽アカデミーに学ぶ。1898年ロンドンでピアニストとしてデビュー。また室内楽作品等によりブラームスの絶賛を浴び,1900年ごろにはハンガリーの生んだリスト以来の最高のピアニスト,作曲家として国内外に認められる。ベルリンで活躍ののち15年ブダペストに戻り,多数の演奏会を開き,教育活動も行う。さらにブダペスト・フィルハーモニー管弦楽団首席指揮者を務め,友人のバルトークらの作品を積極的に取り上げた。

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報

世界大百科事典内のドホナーニの言及

【ハンガリー】より

…【家田 修】。。…

※「ドホナーニ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

ドホナーニの関連キーワードドホナーニ(Christoph von Dohnányi)ブダペスト・フィルハーモニー管弦楽団クリストフ・フォン ドホナーニフランクフルト歌劇場管弦楽団クリストファー ドホナーニアンドール フォルデシュフィルハーモニア管弦楽団クリーヴランド管弦楽団エルネー ドホナーニケルンWDR交響楽団アラン ギルバートジョルジュ シフラゲーザ アンダパリ管弦楽団7月27日ショルティモルティエキーシンシフラアンダ

今日のキーワード

スタットキャスト

大リーグの全30球場に高精度カメラやレーダーを設置し、ボールや選手の動きを細かく分析。走攻守全てで、これまで分からなかったデータを解析し、試合やチーム作りに生かせる。例えば投手では、投げる球種の回転数...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android