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ネルチンスク Nerchinsk

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ネルチンスク
Nerchinsk

ロシア中東部,東シベリア南部,ザバイカリスキー地方の都市。チタの東約 200kmにあり,シルカ川への合流点に近いネルチャ川に臨む。1654年ロシアの要塞が築かれたことに始まり,1689年ネルチンスク条約締結後,ロシアととの交易の中継地として繁栄。その後西方のチタが興隆し,またシベリア横断鉄道が市をはずれ南方を通って敷設されたため,しだいに衰退。電気機器,食肉加工などの工場,郷土博物館がある。シベリア鉄道のプリースコブイ駅から支線が通じる。人口 1万5748 (2002) 。

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百科事典マイペディアの解説

ネルチンスク

ロシア南東部,東部シベリアの都市。ネルチャ川とシルカ川との合流点に近く,食品加工,機械修理などの工業が行われる。1654年建設。1689年,ロシア・清国間のネルチンスク条約の締結地。

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世界大百科事典 第2版の解説

ネルチンスク【Nerchinsk】

ロシア連邦南東部,チタ州にある小都市。人口1万6900(1991)。アムール川の支流ネルチャ川の左岸,チタの東方305kmに位置する。電気機械,リキュールの工場と食肉・缶詰コンビナートがある。機械化農業と獣医の教育機関,地方博物館もある。1654年にエニセイ軍管区司令官A.パシコフによりネルチンスク城塞が建設され,89年にここで清国との間のネルチンスク条約が結ばれた。この条約で画定された国境線はその後璦琿(あいぐん)条約(1858),北京条約(1860)によって変更され,今日なお中国・ロシア間の国境問題討議の対象となっている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ネルチンスク
ねるちんすく
Нерчинск Nerchinsk

ロシア連邦中部、チタ州の都市。アムール川の上流シルカ川に支流ネルチャ川が流入する地点より7キロメートル上流の、ネルチャ川左岸にある。人口1万7000(1993)。シベリア鉄道とは約7キロメートルの支線で連絡する。電気機械、酒類醸造、精肉などの工業がある。1654年に柵(さく)(要塞(ようさい))として建設、89年ロシア―清(しん)国間に結ばれたネルチンスク条約の締結地。1696年に市となった。帝政時代には政治犯の流刑地。[三上正利]

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