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ノートル・ダム楽派 ノートル・ダムがくはÉcole de Notre-Dame

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ノートル・ダム楽派
ノートル・ダムがくは
École de Notre-Dame

12世紀後半から 13世紀までの間フランス,パリのノートル・ダム大聖堂を中心にして栄えた楽派。その中心的人物はレオニヌス (12世紀後半) とペロティヌス (12世紀後半~13世紀初頭) で,12世紀に南フランスで栄えたサン・マルシャル楽派などのあとをうけ,初期多声音楽の発展に貢献した。レオニヌスは2声のオルガヌムを多く残し,続いてペロティヌスやその後継者は,2声のほかに3声,4声のオルガヌムを作ったほか,多くのクラウズラ,コンドゥクトゥス,初期のモテトなどの楽曲を作り出した。のちに 14世紀の作曲家たちは,ノートル・ダム楽派の音楽を「アルス・アンティカ (古い芸術) 」とし,自分たちの音楽を「アルス・ノバ (新しい芸術) 」として対照させた。そのため,ノートル・ダム楽派の栄えた時代の音楽全体が「アルス・アンティカ」と呼ばれることもある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ノートル・ダム楽派
のーとるだむがくは
cole de Notre-Dame

12世紀後半から13世紀にかけて、パリのノートル・ダム大聖堂を中心に活躍した音楽家たちの総称。ヨーロッパでは、多声音楽がそれまで主として修道院のなかで試行錯誤を重ねつつ展開されてきたが、12世紀後半にその展開の場が都市の大聖堂に移り、なかでもパリのノートル・ダム大聖堂で活躍した音楽家たちが、それに重要な役割を果たした。とくに12世紀末にここで活躍したレオニヌスは、1年間の主要な祝日のミサおよび聖務日課のための二声オルガヌムを90曲以上作曲し、その後輩のペロティヌスはレオニヌスのオルガヌムの一部を改作して、クラウズラclausula(ラテン語)とよばれる楽曲を多数生み出した。またペロティヌスは、三声、四声のオルガヌム、さらにコンドゥクトゥスconductus(ラテン語)とよばれる多声曲も作曲した。ペロティヌス以後、クラウズラやコンドゥクトゥスはさらに発展し、とくにクラウズラからモテトゥスとよばれる新しい曲種も生み出された。[今谷和徳]

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