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バブーフ Babeuf, François-Noël; Gracchus Babeuf

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

バブーフ
Babeuf, François-Noël; Gracchus Babeuf

[生]1760.11.23. サンカンタン
[没]1797.5.27. バンドーム
フランス革命期の革命家,共産主義者。父から教育を受けたのち,1785年からピカルディーの小村ロアで土地台帳監査官として働いた。 89年バスティーユ攻撃の報を聞いてパリにおもむき,富の独占の摘発や,国王の廃止と共和国の樹立を要求する文書を発表,この間数回逮捕された。テルミドールの反動以後『護民官』 Tribun du peupleを宣伝紙として「財産の平等」のためのたたかいを進め,93年「1791年憲法」への復帰を呼びかけた。 96年3月 S.マレシャル,A.ダルテ,P.ブオナロッティらとともに反乱の秘密組織を結成,5月蜂起のための最終的な連絡会議を開いたが,5月 10日全員逮捕された。これは史上「バブーフの陰謀」と呼ばれる。彼は獄中,ブオナロッティらとの交流で独自の共産主義思想に到達し,出獄後の蜂起は私有財産制廃止を目的にしたものであった。革命は少数の革命家による権力奪取と革命独裁によってのみ実現可能という主張は,のちの共産主義思想に大きな影響を与えた。

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百科事典マイペディアの解説

バブーフ

フランス革命期の最も急進的な革命家。古代ローマの政治家グラックス兄弟の名にちなみ自らグラックス・バブーフと名のる。1796年革命独裁を通じて共産主義社会を建設するため総裁政府打倒の陰謀を計画し,逮捕・処刑された。
→関連項目ブランキ

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世界大百科事典 第2版の解説

バブーフ【François‐Noël Babeuf】

1760‐97
フランス革命の末期に,一種の共産主義思想を抱いて政府転覆事件を起こした革命家,思想家。古代ローマの改革者グラックス兄弟の名をとって,みずからグラックス・バブーフと名のった。北フランスの小都市で貧しい徴税役人の家に生まれ,父親から読み書きを教えられただけで正規の教育を受けなかったバブーフは,17歳ころから領主の所領管理人のもとで徒弟として働き,やがて故郷に近いロアという町でみずからも領主の土地台帳管理人として自立し,その間の経験から土地問題をはじめとする社会問題に目を開かれた。

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大辞林 第三版の解説

バブーフ【François Noël Babeuf】

1760~1797) フランスの革命家。私有財産の否定など平等主義を唱え、時の総裁政府転覆を企て処刑。その武力闘争や革命独裁などの思想・実践はのちの共産主義的革命運動に影響を与えた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

バブーフ
ばぶーふ
Franois-Nol Babeuf
(1760―1797)

フランスの思想家、革命家。古代ローマの改革者の名をとってグラックス・バブーフGracchus Babeufと自ら名のった。北フランスのサン・カンタンの貧しい徴税吏の家に生まれた。父から教育を受けたのち、15歳ごろから領主の領地管理人の見習いとして働いた。領主の土地台帳を調べ領地を測量して、領主と農民の権利関係を確定する仕事に従事するなかで、土地制度が農民の苦難の原因であることを知ると同時に、ルソーなどの啓蒙(けいもう)思想家の著作を読み、社会改革の必要を痛感した。農地の再分配と租税制度の改革を訴える『永久土地台帳』の出版(1789)がその最初の表現である。
 フランス革命の勃発(ぼっぱつ)(1789)とともにパリに出て、平等の実現を訴えるパンフレットを出版して政治運動に加わった。1790年から1791年にかけて、故郷に近いロアで『ピカルディー通信』誌を発行して農民の反税闘争を指導した。1793年、再度パリに出てエベール派と結んだが、1794年の「テルミドールの反動」直後、『出版自由新聞』(のちに『護民官』と改題)を刊行して民衆運動の再建に努めた。1795年2月に逮捕されたが、獄中でブオナローティなどの革命家と知り合った。同年秋に出獄後、「1793年憲法」の復活、平等と自由の実現を求めて、ブオナローティらと共同して武装蜂起(ほうき)の準備を進めたが、内部の裏切りによって発覚し、逮捕された。六十数回の審理ののち、1797年5月26日に死刑が確定し、翌27日ギロチンで処刑された。
 彼の共産主義は、近代的労働者の解放思想ではなく、封建的租税制度と資本主義化の進行によって深刻な貧困と隷属に突き落とされている貧農の共同体による解放の思想というべきである。しかし徹底した平等主義と、武装蜂起と過渡的な革命的独裁によって共産主義を実現するという主張は、ブオナローティによって広められ、その後もブランキ、マルクス、レーニンなどの革命思想のなかに生き続けた。[阪上 孝]
『柴田三千雄著『バブーフの陰謀』(1968・岩波書店) ▽平岡昇著『平等に憑かれた人々――バブーフとその仲間たち』(岩波新書)』

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世界大百科事典内のバブーフの言及

【共産主義】より

…A.N.モレリーの《自然の法典》(1775)やG.B.deマブリーの《立法について》(1776)の共産主義は自然法にもとづく平等思想に立っているが,現実を変革する構想はまったく欠けていた。17世紀イギリス革命におけるディガーズの運動やフランス大革命におけるバブーフを中心とする平等派においては,共産主義思想を実現するための運動が具体的に存在していた。とくにバブーフは,〈財産と労働の共同体〉の実現を目指して権力奪取をはかった。…

【ブオナローティ】より

…1793年フランスの市民権を得てパリに移り,94年革命政府委員として北イタリアのオネリアに派遣され,イタリアのジャコバン派と交渉をもつ。ロベスピエール失脚後の情勢の変化で一時逮捕され,釈放後の96年バブーフらと平等主義者の陰謀を計画する。陰謀は事前に発覚して再び逮捕され,97年以降流刑の身としてフランスおよびスイスの地を転々とする。…

※「バブーフ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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