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バランタン・ド・ブーローニュ Valentin de Boulogne

世界大百科事典 第2版の解説

バランタン・ド・ブーローニュ【Valentin de Boulogne】

1591か94‐1632
フランスの画家。1612年にローマに行き,ブーエやマンフレディManfrediに学び,とくにカラバッジョの影響を強く受けた。風俗画に関心をもち,ローマの下層社会を描く。《最後の晩餐》などの宗教画も民衆的な図として描いている。バルベリーニBarberini家の後援を受け,《プロセッススとマルティニアンの殉教》(1629)は同家のために描いた。ローマで没。【田中 英道】

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

世界大百科事典内のバランタン・ド・ブーローニュの言及

【バロック美術】より

…他方,ミラノで修業したロンバルディア出身のカラバッジョも,1590年ころローマにあって,リアリズムと明暗様式を特色とする宗教画によって大成功をおさめ,この両者の勢力がツッカロらの後期マニエリスムを圧倒し,新時代を画した。カラバッジョの流派からは,ジェンティレスキ,サラチェーニCarlo Saraceni(1579‐1620),マンフレディBartolomeo Manfredi(1587ころ‐1620か21),ボルジャンニOrazio Borgianni(1578ころ‐1616)など,迫力ある明暗様式の画家が輩出したほか,17世紀初頭にローマにあったオランダのテルブリュッヘン,ファン・ホントルスト,ファン・バブーレンDirck van Baburen(1595ころ‐1624),ドイツのエルスハイマー,フランスのバランタン・ド・ブーローニュ,ブーエ(彼はボローニャ派との折衷派であった),いわゆる〈バンボッチアンティ〉と呼ばれた北方出身の風俗画派のリーダーでオランダ人のファン・ラールPieter van Laer(1599ころ‐1642ころ)などは,みなカラバッジョ主義者となり,各々自国にこの様式を伝え,17世紀ヨーロッパ芸術の土台をつくった。 ローマ・カトリック教会が安定期を迎えるに及んで,教皇ウルバヌス8世(在位1623‐44)の信任をうけた巨匠ベルニーニの登場とともに盛期バロック期に入る。…

※「バランタン・ド・ブーローニュ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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