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バルドビネッティ Baldovinetti, Alesso

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

バルドビネッティ
Baldovinetti, Alesso

[生]1425. フィレンツェ
[没]1499. フィレンツェ
イタリアのフィレンツェ派の画家。モザイク師。ドメニコ・ベネチアーノの弟子とされるが,カスターニョやピエロ・デラ・フランチェスカからも影響を受けた。 1448年フィレンツェの聖ルカ画家組合に加入。風景描写に新生面を開き,その初期の作品『キリスト降誕』 (1460~62,フィレンツェ,サンティシマ・アヌンツィアータ聖堂) や『聖母子』 (65頃,ルーブル美術館) などでは,独特の彩賦法による自然の実感に即した写実描写で明澄な風景表現に成功している。また人物表現でも,人物像を鋭い精妙な線で描いて,先の『聖母子』や『婦人像』 (ロンドン,ナショナル・ギャラリー) のような傑作を残した。さらに『聖告』 (66~73,サン・ミニアート聖堂) では,自己の工夫した絵画溶剤を用いてすぐれた造形効果をみせている。彼が溶剤や技法の研究に専念したことは,『覚え書』 Recorde (49~91) から知られている。壁画,モザイク装飾,ステンドグラス制作などにも従事した。 83年以降,フィレンツェのサン・ジョバンニ洗礼堂のモザイク装飾主任となるが,晩年の絵画作品は,弟子のギルランダイオの影響を逆に受けて精彩を欠いた。

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世界大百科事典 第2版の解説

バルドビネッティ【Alesso(Alessio) Baldovinetti】

1425‐99
イタリアの画家。この時代の芸術家としては珍しく,フィレンツェの名家の出身で,ピエロ・デラ・フランチェスカの弟弟子としてドメニコ・ベネツィアーノに師事。遠近法に秀で,また人物の形態を単純化し理想化している点ではピエロに通ずるが,温雅な形態感覚と装飾性の感じられる画面構成においては,15世紀後半のフィレンツェの世俗的な好みを反映している。数点の《聖母子》のほか,フィレンツェ,サン・ミニアート・アル・モンテ教会のフレスコ(《受胎告知》ほか)などが知られる。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

バルドビネッティ
ばるどびねってぃ
Alesso Baldovinetti
(1425―1499)

イタリアの画家、モザイク師。フィレンツェに生まれ、同地に没。修業時代の経歴は不明だが、1448年フィレンツェの画家組合に登録。デッサンと緻密(ちみつ)な仕上げのうえでドメニコ・ベネチアーノとフラ・アンジェリコに学ぶ点が少なくなかったが、この2人の先輩画家にみられる旺盛(おうせい)な想像力に欠けるところがあった。代表作は62年のフィレンツェのサンティシマ・アヌンツィアータ聖堂アトリウムの壁画『キリスト降誕図』、66年のサン・ミニアート・アル・モンテ聖堂内礼拝堂の『聖告』で、前者の背景をなす広大な風景描写にはフランドル絵画からの手法が指摘される。71年からサンタ・トリニタ聖堂中央礼拝堂の祭壇画と壁画の制作に従事するが、祭壇画『聖三位(さんみ)一体と諸聖者』(現フィレンツェ、アカデミア美術館蔵)はこの画家の創造力がすでに衰退期にあったことを物語る。モザイク作品は、フィレンツェ洗礼堂北側および東側入口と、ピサ大聖堂の南側入口に残されている。[濱谷勝也]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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