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パウルス Paullus, Lucius Aemilius

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

パウルス
Paullus, Lucius Aemilius

古代ローマの政治家 M.レピドゥスの兄。アエミリウス・パウルスとも呼ばれる。前 63年 L.カチリナの陰謀を告発したが,前 59年にはポンペイウス (大ポンペイウス) の殺害を企てたとの不当な告発を受けた。前 55年高級按察官 (アエディリス ) としてバシリカ・アエミリアの再建に着手,前 53年法務官 (プラエトル ) ,前 50年執政官 (コンスル ) となった。一貫して閥族派 (オプチマテス ) であったが,バシリカ建設に必要な 1500タレントのためユリウス・カエサルに買収され,前 50年彼に消極的な支持を与え,続く内乱の間中立を保った。しかしムチナの戦いの間,彼は元老院のためにセクスツス・ポンペイウスと折衝し,のちに弟レピドゥスを公敵と宣言することに加わった。その後 M.ブルーツスとともにアシアに行き,前 42年のフィリッピの戦い後,赦免されたが,ミレトスにとどまった。

パウルス
Paulus, Friedrich

[生]1890.9.23. ヘッセブライテナウ
[没]1957.2.1. ドレスデン
ドイツの陸軍軍人。第2次世界大戦中の 1940~42年まで作戦部長をつとめたうえ,南ロシアを攻略する第6軍司令官となった。スターリングラード (現ボルゴグラード) でソ連軍に包囲され,ヒトラーは,籠城戦を督励するため陸軍元帥の称号を授与したが,43年1月 31日に力尽きて降伏。捕虜となってから反ナチスの宣伝に加わり,戦後,東ドイツに住んだ。 (→スターリングラードの戦い )  

パウルス
Paulus, Iulianus

3世紀の前半に活躍したローマの法学者。セプティミウス・セウェルス帝およびカラカラ帝の顧問官を歴任し,アレキサンデル・セウェルス帝の治世に副皇帝ともいうべき近衛長官となった。多作家で,70種類,約 320巻に上る著作を残した。彼の学風前代の学者の業績を百科全書的に総合し,集大成した点に特徴がある。

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世界大百科事典 第2版の解説

パウルス【Julius Paulus】

ローマ法古典期(元首政期)晩期の,ウルピアヌスとほぼ同時代の代表的法学者。その出身,生没年は不詳であるが,セプティミウス・セウェルス帝およびカラカラ帝の顧問会に列したことが知られ,アレクサンデル・セウェルス帝のもとで近衛長官を務めたといわれる。それまでのローマ法学の膨大な内容を集大成した《永久告示注解》80巻,《サビヌス注解》16巻のほか,具体的事案を論じた《質疑録》26巻,《解答録》23巻などの著作があり,ユスティニアヌス帝の〈学説彙纂(いさん)〉においては,ウルピアヌスに次いでその著作からの引用が多い。

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